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【レビュー】ファヒム パリが見た奇跡(ネタバレあり)

子供というのはみるみるうちに成長するものです。
教えたことを次々に取り込み、自由な発想でそれを応用する姿は、時に大人をも驚かせます。
そんな子供の可能性をフランスの抱える難民問題に触れつつ描いた作品が、今回レビューする『ファヒム パリが見た奇跡 』となります。

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ストーリー

2011年。バングラデシュで暮らすファヒムは、チェスを愛する少年であった。
ある日、彼は父親ヌラに「チェスのグランドマスターに会いに行くか」と言われ、フランス・パリへと飛ぶ。
ヌラは、とある理由からファヒムとパリで定住することを臨んでおり、職を探すも言葉が話せないことから上手くいかなかった。
難民センターへと保護された二人は、落ち着いた頃、ひとつのチェス教室を訪れる。
そこで、チェスを教えているシルヴァンと出会う。

感想

数年に一度くらいしかない(ような気がする)貴重なチェス映画。
下手の横好きながらもチェスをかじっている身としては、見ないわけにはいきませんでした。
そしてもちろん内容も素晴らかった!
チェス要素はもちろんのこと、フランスの抱える難民問題や父子の絆などにアプローチした内容は、微笑ましくも感動的。ガッツリとチェス映画ではないものの、いい意味で予想を裏切られましたね。



今回、私は鑑賞前からそれなりにあらすじを見てから鑑賞。
前知識として、舞台がフランス(パリ)であること、主人公のファヒムが難民であること、チェスの才覚を見せ始めることなどを知っていました。
それらを知ってイメージしていたのが「難民という不利な環境こそあれど、チェスの才能でそこまで苦労もなく成功するのだろう」ということ。いわゆる、都合のいいシンデレラストーリーです。

しかし、実際はそんなことはありませんでした。
語学ができず、文化の違いで怒られ、チェスで敗北を知る……
そんな手探りな日々は、どう考えても理想のシンデレラストーリーとは程遠い話でした。

こうしたリアリティのある内容となっていたのは、ひとえに本作が実話を基にした話だったからでしょう。
苦労をし、努力をする、というのは実にリアリティがあったと思います。



そんなリアリティに説得力を与えていたのが、ファヒムの父親ヌラでした。
彼はバングラデシュにいた時こそ、厳格で頼りがいのある父親をしているのですが、フランスについてからは本当にダメダメ。
仕事にもつけず、通訳に騙されて滞在申請も出せないという醜態を晒していました。 挙句は、半年でフランス語をほとんどマスターしたファヒムに「フランス語くらい覚えろよ」なんて悪態をつかれる始末。面目丸つぶれですよ。
全てにおいて上回られてしまったファヒムに対して「チェスをお前に教えたのは俺なのにな……」と呟く姿は、なんとも言い難いもの悲しさをまとっていました。

そんなヌラですが、私は作品が始まった直後、ファヒムにそこまで愛がないのかと思っていました。
ファヒムの頭を叩いたりしますし、突然母親と引き離したりしますし、なにより無口。父親として最低限の役割を果たしているだけのようにしか見えませんでした。
しかし、毎回チェスの教室でファヒムの付き添いをしていたり、彼のために自身をなげうってまでお金を稼ごうとしていたりと、ちょっとしたシーンから愛が感じられるんですよね。
頭を叩くのにしても、周りから言われたら止めていましたし、振り返ってみれば理不尽な理由では一度も叩いていないんですね。あくまで、教育の範囲内。
中盤にはフランスに来たのがファヒムを守るためだと分かり、その愛は疑いようがなくなります。
ファヒムに会えずに強制送還されそうになり、感情を爆発させる姿も見せており、心からファヒムのことを想っていることがひしひしと伝わってきました。
端から見ると無口で粗暴な印象を受けるヌラでしたが、不器用ながらもファヒムを愛する姿には心が温まるようでした。



実話を意識させるリアリティはチェスにもありました。
本作で、一番の盛り上がりを見せるフランス全国大会。
そこで、ファヒムは一度負けた相手に引き分けをすることで優勝するんですね。
この「勝ちで優勝しない」というのが、いかにも実話っぽい。
フィクションなら劇的な逆転勝利で優勝!とかやりそうですからね。
勝ちにこだわっていたファヒムが、父親のために優勝を優先したという成長につながっていたのも良かったと思います。
大会が始まるまでにチェスの知識での成長は見られていたため、こうして内面の成長が見られたのは嬉しいものでした。



こうした実話の要素を強く残すことで生きていたのが難民問題でした。
実話に対する説得力があることによって、ファヒムたちが置かれた立場、直面する現実もまた、実際に起きていることなのだと受け入れなくてはならないんですね。
中でも印象的であったのが、シルヴァンが移民難民の集落で生活するファヒムらを見つけるシーン。
それまで親身に接してきたファヒムが移民であることを痛感すると共に、それまで目を逸らしてきた世界を直視しなくてはならない心苦しさは、画面越しであっても伝わってくるかのようでした。

本作でファヒムはチェスの才能があったことから、ヌラや母親たちとフランスで暮らせるようになりましたが、ほとんどの人は移民難民の集落で暮らし、最後には国へ強制送還されるでしょう。
そうして考えると、本作を見て「ハッピーエンドでめでたしめでたし」と手放しでは喜ぶことはできません。
難民問題へ意識を向けさせるという意味でも本作はよく出来ていたと思います。



チェス映画見たさに鑑賞した本作。 しかし、終わってみれば難民問題についても考えずにはいられませんでした。 熱中することができて社会について考えさせられる、映画の醍醐味をしっかりと抑えた作品となっていました。