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【レビュー】インソムニア(ネタバレあり)

睡眠不足は人に有害な影響をもたらします。
集中力の低下、判断力の低下、代謝の低下、情緒不安定などなどです。
それが1晩だけならまだ「低下」で済みますが2晩、3晩となってくると、「異常」すら来たし始めます。
そんな眠れない恐ろしさを描いたのが今回レビューする『インソムニア』です。

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ストーリー

ロス市警の刑事ウィル・ドーマーは、相棒のハップと共に、白夜が続くアラスカの田舎町ナイトミュートを訪れる。
その理由は、17歳の少女ケイが殺された事件の真相を追うためであった。
しかし、相棒のハップとはロス市警の殺人課に入った内務監査により掴みかけられている弱みを明らかにするか否かで衝突していた。
経験豊富なドーマーは、事件に残された手掛かりを次々に発見し、容疑者へと迫っていく。
やがて、犯人が現場と思われる小屋に戻ってくることを推測し、張り込みを行った。
彼の推測通り犯人は現れるが、張り込みに気づかれてしまい犯人を追うこととなる。
霧の深い中、銃を所持していた犯人と応戦するドーマーたち。
しかし、その最中彼はハップを誤射してしまう。

感想

都会から来た敏腕デカが田舎町で起きた、少女殺害事件を追うという『ツインピークス』味溢れるストーリーである本作。
町の雰囲気や、住居なんかも酷似していて、正直真似でもしたんじゃないかと勘ぐりたくなるくらいでした。
しかし、それは序盤までの話。
本作のオリジナリティは、主人公ドーマーによる相棒殺しから始まります。
もうここからして、漂う濃い霧がいい雰囲気でした。
一寸先も見えないような白い霧の中、銃を持つ犯人を追う緊迫感は凄まじいです。
そして、倒したかと思えば実はハップであった衝撃。しかも即死でなくドーマーに向けて「あんたがわざと撃った」とうらめしそうに言うのですからなかなかのショッキングさ。
嫌でも記憶に残る導入部となっていました。



そこから始まるのがドーマーの不眠症の日々です。
ドーマーがどれだけ寝ようとしても、過去に自分の犯した罪やハップへの誤射、死んだケイの顔がチラついて眠れないという地獄のような時間を演出で表現したシーンはなかなかの見どころでした。
また、ナイトミュートの「1日中、日が沈まない」という設定もドーマーを眠らせない原因の一つに。
どれだけ時間が経っても暗くならないという感覚を狂わせる環境と、寝ようとしても光が差し込んでくる環境は、不眠症からすると絶望的です。
日が経つごとに、判断力も集中力も落ちていき、苛立ちを露わにし始めるドーマーの姿はそうした絶望を感じさせていました。



こうしたドーマーの姿に引き込まれたのは、演じたアル・パチーノの演技力があったからでした。
初めは、適格な指示で部下たちを動かし犯人に迫っていく、敏腕刑事としてのクールな姿を見せているのですが、徹夜が続いていくにつれてボロボロになっていくんですね。
徹夜1,2日目くらいでは「ちょっと疲れてるな」くらい。けれど、3日目、4日目と日にちが増すごとに、歩き方や喋り方も怠慢になっていき、顔も明らかにやつれていきます。
最終的には、明らかに行動がおかしく「この人大丈夫か?」と心配せずにはいられないほどになっていました。
本当に、徹夜をしながら演じたんじゃないかと思わせるアル・パチーノの演技力には脱帽です。

そのアル・パチーノ(ドーマー)と相対するロビン・ウィリアムズ(犯人フィンチ)も引けを取っていませんでした。
基本的にコメディアンというイメージの強いロビンがサイコ染みた殺人犯するというだけでもなかなかの衝撃があります。
しかも、誤射でハップを殺してしまったドーマーに「自分と同じだ」と言って先輩面するのがまたいい感じに狂っていました。
親しみやすい笑顔を見せつつ、殺人を正当化させるようなことを語る狂気はコメディアンのイメージが強いロビン・ウィリアムズだからこそ、よりおそろしく映りました。



そんな、相棒を殺してしまった刑事と殺人犯との関係を通して、正義とは何かを問うのが本作のテーマでした。
特に巧いのが、内部監査との兼ね合い。
ドーマーは、ロス市警での捜査で証拠を捏造しており、これが発覚するとこれまで逮捕した犯罪者への証拠の信憑性も薄れてしまう=釈放を危惧していました。
しかし、相棒ハップは「隠し通せるはずがない」と、密告を決意。
そこで誤射事件が起きてしまい、その事実を隠さなくてはならなくなるのですから面白いです。
事実を正直に話すことが正義なのか、これまでの悪党を逃がさないことが正義なのか……
この二律背反の選択にはドーマーと同じように考えさせられました。
彼が「犯人が射殺した」と、明確に断言していない(私が確かめた所)辺りが罪悪感もあることを感じさせていました。 で、さらに面白くしてくれるのが、犯人フィンチです。
ドーマーの誤射を偶然見ていて、それを脅しの材料に罪を見逃すよう進言してくるズル賢さにはニヤリとしてしまいました。
少女殺害の犯人を逮捕するのか、犯人を見逃して誤射事件をうやむやにしてしまう=これまで捕まえてきた悪党を逃がさないのかを天秤にかけざるを得ない状況に追い込まれる展開は本当によくできていたと思います。
で、これは後々にノーランの傑作となる『ダークナイト』でも似た命題が提示されています。
あちらは、マスクで顔を隠したバットマンだからこそ取れる自己犠牲で解決していましたが、本作ではそれも出来ません。(都合よく罪を被ってくれる素顔を隠した人間なんていないため)
最悪の2択を迫られる中、ドーマーの願いからハップ誤射の真実を明かすことに決めた地元警察官のエリー。 ドーマーの正義感を間近で見ていた彼女が、彼の願った不正をしない警察官をどのような思いで目指していくのか、考えさせるラストシーンは秀逸でした。



クリストファー・ノーラン監督にしては珍しく、分かりやすい本格派サスペンスであった本作。
しかし、ストーリーの奥深さや後々の作品に生かされていることを考えると、キャリアアップにつながった作品であったと言えるでしょう。