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【レビュー】慕情(ネタバレあり)

恋をすること、それは人が幸せであるために欠かせないことです。
それが例え辛い目にあうとしても、後悔することになるとしても、恋せずにはいられません。
そんな恋をすることの幸せを感じさせるのが、今回レビューする『慕情』です。
タイトルの意味は大まかに「恋しく思う気持ち」となります。

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ストーリー

1949年香港。
未亡人の女医ハン・スーインは、イギリス人と中国人のハーフであった。
彼女は、あるパーティーアメリカ人特派員マーク・エリオットと出会う。
マークから誘われ食事を共にすることになったスーインであったが、彼は妻帯者であることを知る。
しかし、マークと妻は疎遠状態でシンガポールに別居中であった。
スーインはマークと過ごしていく内に、少しずつ彼に惹かれていく。

感想

鑑賞前、1955年の作品ということもあって「画面の粗とか多いのかな?」と思って見始めました。
そしたら、意外と気にならない……いや、むしろ綺麗じゃないか?という感想に。
その理由は、おそらく画面の明るさではないかと推測しました。
青空が澄み渡る爽やかな土地で、時には美しい海で、時には美しい丘で、男女のカップルが見せる恋愛模様は、鮮明な色使いで綺麗に見えたんですね。

さて、そんな綺麗なロケーションで展開されるのが、男女の恋模様です。
ここでポイントになっていたのが、ハン・スーインがイギリス人と中国人のハーフであったということ。
このために、彼女が中国から香港に逃げ出してきたのだとナチュラルに決めつけてくるおばさんがいたり、やたらと故郷(中国)に帰ることを勧めてくる医師がいたりと、不遇な扱いを受けていました。
まあ、ハーフであるからというよりも、スーインが中国人女性だからということに対して差別している印象の方が強かった気もします。
とはいえ、作中で彼女自身が語っていたように、ハーフであること=いかがわしいと思う人もいたのでしょう。
それが、他の女性よりも彼女に対する風当たりが強くなっていたことにつながっていたのかもしれませんね。

ただ、一方でこのハーフであることを生かした会話のユーモアはなかなかにオシャレ。
例えば、マークがスーインを食事に誘うシーンなんかでは、中国人の礼式で断る彼女に対して「イギリス人女性としては?」と、返して彼女を食事に連れて行っていました。
対してスーインの方は、いつもはチャイナドレスを身にまとっているのにその食事会の時は洋装で登場。「イギリス人女性として誘われたから」と、粋な返しを見せていました。
スーインが自らの感情に素直になるシーンでも「イギリス人の私と中国人の私とで話し合った」といったような言い回しを使っており、彼女がハーフであることがひとつ作品のポイントとなっていることを常に感じさせているようでした。

このようなユニークな言い回し……というか感情の表現は、作中の至るところで見られました。
中でも印象的なのが、本作を象徴するかのような丘の上でのシーンです。
時には再会の場として、時には密会の場として、時には別れの場として使われるこの場所は、街全体を見下ろせる美しいロケーションであることもあってか記憶に残ります。

そんな丘の上での別れのシーン。
そこでスーインは、離ればなれになることへ対する悲嘆を感じながらも、愛することの喜びを語るんですね。「愛することの喜びを知らないことの方が悲劇だ」と。
本来なら、別れるために出会ったことを後悔するはずのシーンであるのに、出会えたことへの喜びを語るというのはなんとも健気で心に刺さりました。
こうした感情表現の美しさが、二人の別れをよりドラマティックにしていたのだと思います。


そしてこの丘の上でのシチュエーションは、ラストシーンにも使われていました。
特派員として戦地へ赴くことになったマークが還らぬ人となり、その幻影を追うかのようにスーインが訪れるんですね。
そこの表現がまた素敵でした。
丘の上にいるマークを見つけてほほ笑むスーイン。けれど、よく見るとそれは幻覚で……それを追い求めるように丘の上まで登ると、マークの声(手紙の回想)が語りかけてきて、それを聞いたスーインは静かにその場を離れるという、絶望から希望へ向けて立ち上がるまでを表現していました。
それを演出や演技によって語る静かな表現はまさに映画だからできる見せ方。
ラストシーンに向けて心を掴まれるような表現は自然と感動できる美しさがありました。


イギリス領とされていた頃の香港を舞台にラブロマンスを描いていた本作。
中国人として故郷や同胞に尽くすことを強要しようとする周囲の対応に時代を感じさせると同時に、ハーフであることを利点にそれに抗うハン・スーインの気高さを応援したくなりました。
悲劇的な内容であるにも関わらず、見終わった後にはスッキリとした気持ちでいられる綺麗な作品でした。