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【レビュー】海の上のピアニスト(ネタバレあり)

狼に育てられた子のように、世の中には人間社会から隔絶された環境で育った人間が存在しています。
そうした人間は、私たちが普通だと思っている文明に馴染むことが出来ないことがあるものです。
そんな特殊な境遇……海の上で生まれ、海の上で育った一人の男の物語を描いたのが、今回レビューする『海の上のピアニスト』です。

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ストーリー

第二次世界大戦後。
トランペット奏者であったマックス・トゥーニーは、金に困り長年愛用してきたトランペットを売るため楽器屋を訪れた。
トランペットを売ったマックスであったが、最後にもう一度だけトランペットを吹く許可を店主からもらいある曲を吹き始める。
その曲を収めたレコードを持っていた店主は、曲名を聞くがマックスは曲名はないと答えた。
彼は、その曲を生み出した男1900(ナインティーン・ハンドレッド)と共に過ごした、豪華客船ヴァージニアン号での日々を思い返し始める。

感想

ジュゼッペ・トルナトーレといえば真っ先に思い浮かぶのが『ニュー・シネマ・パラダイス』です。
名作中の名作で彼の代表作とも呼べる作品。それゆえにリバイバル上映なんかも何度も行われており、私はこれまで4度見ましたが、その4度とも劇場での鑑賞でした。(2020年にも1回劇場で見ました)
そんなこともあってか、本作『海の上のピアニスト』もいずれ劇場でリバイバル上映すると思い「名作なら最初は劇場で」の精神を大切にしていました。
しかし、待てど暮らせど上映はなく「午前十時の映画祭」も終わりを告げ(2021年に復活予定となりましたが)、いよいよ見る機会もないかと思われたところへきたのが今回の「4Kデジタル修復版&イタリア完全版」でした。
で、今回見たのは「イタリア完全版」の方です。一度も見たことがないのに修復版を見ても綺麗になったか分かりませんからね。よりトルナトーレ監督の意図が感じ取れるであろう方を選びました。

 


というわけで今回初鑑賞した『海の上のピアニスト
まず率直な感想ですが、奥が深い作品で感動しました。
ノスタルジーを感じさせる演出、ミステリアスな1900(ナインティーン・ハンドレッド)とマックスの友人関係、奇妙な運命の数々……
こうした数々の出来事はいつまでも見ていられるほど美しく、2時間50分にも渡る上映時間をまったく苦にさせることがありませんでした。

今挙げた中でも面白さとして効果的であったのが、1900のミステリアスさであったと思います。
船上で生まれ、そこから一度も降りたことがないという育ち方をした彼の感性は独特で、その行動の奇抜さに魅了されてしまうんですね。
で、この感覚なにかに似ているなと思ったら『グラン・ブルー』のジャック・マイヨールを見ている時の感覚に似ていました。
この二人の共通点として挙がるのが「純粋である」ということ。
その純粋さは端から見るともの珍しく魅力的に感じられます。しかしその一方で無意識に人を傷つけるという残酷さも持っていました。
そうした純粋すぎる純粋さがもたらす物語が次に起こる展開を予想させない面白さを生み出していたのかもしれませんね。

少し話は逸れますが、こうして見た時、物語の展開は人の感情や内面を掘り下げることでいくらでも広げられるように思えました。
本作で言うなら1900が船上で生まれそこで培ってきた経験が、人々を惹きつける独特な感性につながっていました。
つまり、人は生まれや育ちによって性格も考え方も変わってくるわけです。
当たり前のことなのですが、そうしたことに気づかせてくれてかつ、その可能性の広さを感じさせる息遣いが本作にはあったと思います。

話を戻しまして……
1900の物語が魅力的に思えたのはひとえに語り手の存在、つまりマックスがいたからだと思います。
彼を語り手とすることで、1900のミステリアスさが2倍にも3倍にも膨らんでいました。
例えば、1900が船を降りると言ったにも関わらず、タラップまでいって止めたシーン。
あそこをもし1900の視点で描いているのなら止めた理由が明確に分かっていなくてはなりません。
けれど、マックスの語りであるならあそこは謎めいていた方が自然。むしろ、なぜ戻ったのかを私も一緒に考えるようになって1900という人物にますます惹かれていくようになりました。
1900が生まれてからおよそ50年(明確な西暦は明かされていませんでしたが、第二次世界大戦後であることは言及されていたのでだいたい50年前後かと)にも渡る壮大な物語を断片ごとに描けるのもマックスの回想という形を取っていたからでした。
語り手を据えたストーリー構成は、かなり効果的であったと思いました。

もちろんこの構成がもたらすのはこれだけではありませんでした。
個人的に最も意味を持っていたように感じられたのはノスタルジックな雰囲気の表現です。
ニュー・シネマ・パラダイス』でもそうであったように、トルナトーレ監督が生み出す哀愁漂う作風は完璧と言っても差し支えないほど魅力的でした。
現代を生きるマックスが廃船となったヴァージニアン号を歩きながら、賑わっていた頃を回想するシーンの儚い美しさはそうそう出せるものではありません。
まるで、見ている自分もどこか懐かしささえ感じさせるのはもはや芸術的にさえ思えました。

そして最後に語っておきたいのがティム・ロスの表現力の凄さ。
子供のような純粋さと飽くなきまでの好奇心は、1900が本当にそれまでの人生を海の上で送ってきたかのようです。
命を燃やすかのように演奏に没頭するシーンやある少女に恋しながらも気持ちを伝えきれないシーンなど、感受性豊かな1900を見事に演じていました。
マックスとの別れのシーンなんかでは、彼の死を確定付けているにも関わらず、どこか「彼が望むのなら仕方ない」と思わせる説得力すらありました。
1900が魅力的に映った理由の一部は、確実にティム・ロスが演じたことによる影響があったと言えるでしょう。


船の上で生き、船の上で死んでいった一人の男の物語を描いていた本作。
あり得ないけれど信じたくなってしまう、ファンタジーのような内容にはうっとりとさせられました。(実際はフィクションなのですが、ネットの検索候補に「海の上のピアニスト 実話」と出るくらい疑惑を持っている人がいるようです)
そんな美しさとリアリティを兼ね備えた本作は、まさに名作と呼ぶべき映画であったと言えるのでしょう。