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【ネタバレあり・レビュー】夕陽の用心棒 | ジュリアーノ・ジェンマの伝説のはじまりとなる作品!

ジュリアーノ・ジェンマといえば、西部劇でブレイクした俳優です。 その爽やかな顔立ちと、軽快な身のこなしはマカロニ・ウェスタンの花形ともなりました。 そんなジュリアーノ・ジェンマが一躍有名となった作品が、今回レビューする『夕陽の用心棒』です。

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ストーリー

クリスマスが間近に迫ったテキサスの街。 サンチョ率いる一味が銀行を襲い大金をせしめる事件が起きた。 逃走中にサンチョが負傷したことから一味は、地主の父と娘ルビーが営む農場に人質を取り立て籠った。 手出しの出来ない状況に陥った保安官ベンは、殺人容疑で逮捕していた腕利きガンマンのエンジェル・フェイスことリンゴに手助けを求める。

感想

ジュリアーノ・ジェンマがまだモンゴメリー・ウッドの芸名で演じていた頃の作品。 本作がきっかけで、本名であるジュリアーノ・ジェンマで活動をすることを決めたとも言われています。 それだけに、本作はジュリアーノの魅力全開の面白い作品でした。

とはいっても、他の西部劇と異なって銃をバカスカ撃ったりはしません。 では、何が面白いのかと言ったらジュリアーノが演じるリンゴのキャラクターです。 人を食ったような性格ではあるものの、根は紳士なナイスガイ。 巧みな話術で丸腰でも悪党をいなしてしまうその立ち回りは、見ていて痛快でした。 一方で、ここぞという場面での戦闘時にはガンマンとしての確かな腕も見せていてカッコいいです。 ラストシーンでは、サンチョら悪党を壊滅させて、ルビーに対して粋な対応をしつつ、その場を去っていくのですからザ・西部劇の主人公。 反面、宣言した金はしっかりと頂いていく彼らしさも見せており、最後まで魅力たっぷりなキャラクターでした。

そんなジュリアーノ演じるリンゴの最大の魅力がルックスです。 それまでの西部劇で、ガンマン=渋い男というイメージを覆す彼の爽やかなイケメンフェイスは斬新かつ記憶に残るものでした。 "エンジェル・フェイス"という二つ名にも納得のルックスであったと言えますね。

そんな爽やかルックスのジュリアーノが主演であるからか、作風も若干明るめ。 サンチョ一味が押し掛けてきた農場でも、人質の娘ルビーらはクリスマスの準備を進めていますし、ルビーの父は一味の一人、ドロレスといい雰囲気になっていたりと緊張感に欠けていたように思えました。(一応、平静を装うためという大義名分はありましたが) そのため、エンニオ・モリコーネが手掛ける音楽も重厚な曲というよりは、明るく軽快な印象を受けるものが多かったです。 とはいえ、これらが悪かったかと言えばそうでもありません。 先にも書いたように、爽やかルックスのジュリアーノにはこの明るめな作風はあっています。 終盤のサンチョとの銃撃戦では、装飾品のベルに跳弾をさせて狙撃するという予想の斜め上をいく技を見せおり、これまた明るめな作風があればこそ受け入れられる要素でした。 それまでの西部劇にあったイメージを壊し、新たな風を呼び込んだのは作品の大きな魅力であったと言えるのでしょう。


ジュリアーノ・ジェンマが、モンゴメリー・ウッド名義で大きなヒットを当てた本作。 ヒットの理由は、彼がリンゴというキャラクターを好演したからこそ評価されたということが窺えました。 ジュリアーノ・ジェンマを語る上では見ていることは必須だと言える作品でした。

【ネタバレあり・レビュー】大統領の料理人 | フランスの美味しいを詰め込んだ映画!

大統領や官僚たちが普段どのような食生活をおくっているのか、という事は一般市民では知り得ません。
ましてやそれがフランスとなればなおのこと。漠然とオシャレなものを食べているというイメージしかつかないです。
今回レビューする『大統領の料理人』では、そんなフランス大統領が食した料理を作ったある女性シェフの戦いを描いた作品です。

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ストーリー

フランスの片田舎でレストランを営む女性シェフ、オルタンスは、大統領の指名によりエリゼ宮で昼食を作ることを任ぜられる。
男性シェフしかそれまでいなかったこともあり、オルタンスは主厨房とは相容れない。
逆境の中、彼女は助手のニコラと共に大統領に喜ばれる料理を提供していく。

感想

実在した大統領の料理人ダニエル・デルプシュの物語を映画化した作品ということもあって、料理人の物語ながらもドラマ中心で来るかと思っていたら、結構ガッツリと料理映画でした。
とはいえ、それが本作の面白さでもあります。
オルタンスが様々なシチュエーションで臨む料理シーン。
そこから生み出されるおいしそうな見たこともない料理は、空腹時に見ると危険なくらい食欲をそそられるものでした。
唯一、残念なのがフランスが舞台ということもあって、産地を言われてもよくわからず、料理名を言われてもよく分からず、調理の技術を言われても分からずという、料理が出てくるまでは何もイメージが沸かなかったことです。
おそらく、自分がフランス人だったらもっと楽しめたのかなと思いました。

料理要素が濃い本作ではありますが、もちろんドラマ要素もしっかりとしていました。
そもそもこの作品は、ジャーナリストが南極のキャンプ地でシェフをしているオルタンスの下を訪れるシーンから始まっています。
つまり、エリゼ宮での日々は回想録となっているわけ。
彼女の回想を通して、なぜ南極のキャンプ地に彼女が来たのかが紐解かれていくのが作品のテーマでした。

で、その回想から分かってくるのが、オルタンスがエリゼ宮を辞めたのはあまりにも自由のない環境であったから。
初めこそ彼女はノビノビと料理をし、大統領とも親しい関係を築くなど、シェフとして不自由のない環境で仕事をしていました。
けれど、公務に追われる大統領の料理に対する反応を見ることが出来なかったり、健康食を重視する栄養士から作る料理の制限を課せられたり、主厨房の男たちから偏見を持たれたりと、だんだん窮屈さの方が目立つように。
そうした心労が彼女をエリゼ宮の職から辞す結末へとつながってしまったわけですね。
そうして見ると南極のキャンプ地でのオルタンスは、自由な発想で料理を提供し、それを食べる人々も笑顔になっているという環境で、なぜ彼女がそこへ行ったのかが感じら取れるようでした。

そんな本作ではありますが、フランス映画という事もあってか、非常に落ち着いた雰囲気であったのが印象的でした。
劇的な展開もなければ派手な演出もない、一番印象に残るのは料理にフォーカスした映像といういかにもフランス的な作品であったと思います。
それだけに、やや心残りな部分があったのも事実です。
例えば彼女がエリゼ宮のシェフを辞めることとなって、彼女を女性だからと目の敵にしていた主厨房のシェフたちが「自分たちが勝った」と喜んでいた事や、良好な関係を築いていた助手のニコラとは特に別れの挨拶もなかったりといった事は、少しモヤモヤが残る気分でした。
モデルであるダニエル・デルプシュの物語を尊重したのか、はたまたただ不要な描写と判断されたのかは分かりませんが、そこくらいはフィクションを加えてでもドラマにして良かったのではないかと思いました。


フランス大統領へ料理を作るシェフを題材にしていた本作。
その知られざる裏側で作られるフランス料理の数々は映像越しでも食欲をそそる美しいものでした。
見ているだけでお腹が空いてくる、素晴らしき料理映画でした。

【ネタバレあり・レビュー】アイ・アム・ユア・ファーザー | 故デビッド・プラウズへ捧げる、愛に満ちた作品!

映画において、素顔を晒すことのない役柄というのは珍しくありません。
特殊メイクであったり、かぶり物を着けての出演であったりがあるからです。
そうした素顔を晒さないキャラクターとして、おそらく最も有名なのが『スター・ウォーズ』に登場するダース・ベイダーでしょう。
そんなダース・ベイダーのマスクの下に素顔を隠してきた俳優デビッド・プラウズを追ったドキュメンタリーが、今回レビューする『アイ・アム・ユア・ファーザー』です。

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ストーリー

ダース・ベイダーの中の人であるデビッド・プラウズ。
彼は『スター・ウォーズ』エピソード4~6までダース・ベイダー役を演じてきたものの、ラストシーンで役を降板させられた。
彼と制作スタジオの間で何があったのか、彼の半生を追いながら探るドキュメンタリー。

感想

つい先日、デビッド・プラウズの訃報が報じられました。
そこで、以前デビッド・プラウズのドキュメンタリーがあったことを思い出し、今回鑑賞するに至りました。
この作品、実は公開当初にも1度鑑賞をしており、今回は2度目の鑑賞。
けれど、1回目と同様にワクワクしながら見ることのできるクオリティの高い内容でした。

このクオリティの高さを感じられたのは大きく2つのポイントがあったからです。
1つ目は、エピソードの面白さ。
デビッド・プラウズは、『スター・ウォーズ』のエピソード4~6(旧三部作)に渡ってダース・ベイダーのいわゆる「中の人」を演じてきていました。
しかし、その素顔が明かされるエピソード6のラストシーンでは、セバスチャン・ショウが代役を務めることとなり、彼は実質降板させられることに。
作中では、なぜそんなことになったのかの経緯について上手くまとめているんですね。
また、ジョージ・ルーカスこそ出ませんが、旧三部作の製作として関わっていた人たちの話も聞いているため、より当時の状況が分かりやすくなっていました。
で、話が進んでいくと明かされるのが「デビッド・プラウズがエピソード6の撮影時にダース・ベイダーの死をマスコミにリークしたことで降板させられたものの、そんな事実は一切なかった」ということ。
おそらくこの事実だけ提示されても「いやいや、でも結局デビッドがどこかで口でも滑らせたんじゃないの?」と思うでしょう。
しかし、作中のプロデューサーを初め、多くの人たちのコメントを本作では集めており、事実確認などもしっかりとしているため、たしかにプラウズに非はなかったのだと納得できました。
多くの情報を集めていることによって、説得力が増す。
それはドキュメンタリーとしての質の高さを感じさせました。

プラウズが降板させられた事実とそれに対する反証をしていたこの作品。
このプラウズを初めとした俳優に対するリスペクトが窺えたのがポイントの2つ目です。
本作は、上に挙げた降板問題の他に、プラウズの半生についても描いています。
彼がもともとボディビルダーであったことや、『スター・ウォーズ』以前にも映画に出演していた事(『時計仕掛けのオレンジ』のジュリアン役であったことには驚きました)、「グリーン・クロス・コード・マン」なる交通安全のキャラクターを演じていた事など、ダース・ベイダー以外にも活動していたことを知らせてくれていました。
なにより貴重であるのが、実際にデビッド・プラウズにインタビューをしていることです。
それを通して、彼の人柄であったり、『スター・ウォーズ』に対する思いであったりが感じられるのは嬉しい限りでした。
また、彼がイベントに参加する様子なんかも追っていたりして、ファンに対するサービス精神旺盛な姿が見られるのも良かったですね。
件の降板騒ぎによって公式のイベントに参加ができないというのは理不尽な話でした。

そうした、不遇の扱いを受けたプラウズのために、エピソード6のダース・ベイダーのラストシーンを再現するという粋なことをしているのも本作の良さ。
残念ながら、権利の関係で実際に作られた映像は見ることができませんが、その力の容れようはプラウズに対するリスペクトを感じさせていました。

全編を通して、『スター・ウォーズ』に対しても、ダース・ベイダーに対しても、デビッド・プラウズに対しても並々ならぬ愛を見せていたと思います。
こうした愛があるからこそ、クオリティの高いドキュメンタリーとして仕上がっていたのでしょうね。


デビッド・プラウズの半生と、ダース・ベイダーを演じたエピソードを追っていた本作。
エンドロールでは、歴代の素顔を見せていないキャラクター(フランケンシュタインや狼男など)を演じた俳優を紹介をしていたりと、まさに「マスクの下の俳優に捧げる」作品といった感じでした。
残念なことに、デビッド・プラウズは亡くなってしまいましたが、こうして愛ある作品に残ったというのは素敵な話だと言えるでしょう。

【ネタバレあり・レビュー】ビバリーヒルズ・コップ2 | 続編だからできるキャラクターを生かした映画!

ビバリーヒルズを舞台にした映画」と聞くと、おそらく多くの人が『ビバリーヒルズ・コップ』を連想するハズです。
それは、単純にタイトルにビバリーヒルズが入っているのと同時に、作品がシリーズ化されており知名度が高いからでしょう。
そんなシリーズの2作目となる作品が、今回レビューする『ビバリーヒルズ・コップ2』です。

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ストーリー

高級住宅街が立ち並ぶビバリーヒルズで、アルファベットごとに強盗を襲う「アルファベット強盗事件」が相次いで起こっていた。
その事件を追っていたボゴミル警部は強盗団に撃たれ重傷を負ってしまう。
かつて事件で世話になっていたデトロイト市警のアクセルは、ビバリーヒルズ市警のタガート、ローズウッドの2人と協力し、一味逮捕へと動き出した。

感想

1作目から主要キャラクターの俳優変更なし。しかも、ガッツリとストーリーに絡む。
それだけでも、好印象な掴みをしていたこの作品。
もちろん内容もよく、1作目に負けず劣らずの面白さであったと思います。

ただし、本作の面白さは1作目とは僅かに違いました。
アクセルのマシンガントークの面白さはそのままなのですが、ビバリーヒルズ市警のタガートとローズウッドのコンビの面白さが新しいのです。
前作、2人はアクセルの型破りな性格に触れることで、マニュアル人間からの脱却を見せていました。
そのマニュアル人間から脱した状態からのスタートが本作なわけです。
そのため、初めからアクセルとウマがあっているし、お互いの性格なんかも分かっていてテンポよく話が進みます。
まさに続編ならではの関係でした。
一方で、ローズウッドはなにやら間違えた方向に成長を遂げており、大暴走を見せるのがまた面白い!
前作までの初々しさはどこへやら、アクセルもドン引きな暴れっぷりを見せるのは笑えましたね。

そんな三バカトリオが挑むのが、アルファベット順に事件を起こしていく強盗団でした。
前作に比べると悪役が多く、小難しかったように思います。(自分の経営する競馬場を襲わせて保険金を得ようとしていたり)
とはいえ、3人の笑える掛け合いやド派手なアクションシーンなんかがあることから、細かいことなど気にせず楽しめたのも事実。
終盤には銃火器を使いまくりな銃撃戦なんかも繰り広げており、前作以上にエンタメ性に満ちていました。

本作、少し残念であったのが、ビバリーヒルズ要素が薄かった印象があったことでした。
たしかに強盗団がお金欲しさに狙うにはいい地域だったのですが、前作のようにビバリーヒルズを牛耳る悪党感があんまりなかったんですね。
上にも書いた、悪党周りがごちゃごちゃしていて、誰がボスなのか分からなかったのも原因のひとつなのかもしれません。
まあ、舞台がビバリーヒルズっぽさが薄くても面白かったことには変わりありませんでしたけどね。


前作登場したキャラクターも交えて、より魅力の増した展開を見せていた本作。
単作としても楽しむことができて、続編として申し分ないできであったと思います。

【ネタバレあり・レビュー】ビバリーヒルズ・コップ | エディ・マーフィーの魅力全開の刑事モノ!

ビバリーヒルズといえば高級住宅街。
気品と風格に満ちたその街は憧れの場所とも言えます。
そんな街に上品さなんてクソくらえな型破りな刑事が現れたとしたら……
それが今回レビューする『ビバリーヒルズ・コップ』です。

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ストーリー

デトロイト市警の刑事アクセルは、優秀ながらもその型破りな性格なために上司からは煙たがられている存在であった。
そんなある日、アクセルはビバリーヒルズから帰った友人と再会する。
しかし、ドイツ債権を盗んでいた友人は何者かによって殺されてしまう。
上司から事件への介入を禁じられるアクセルであったが、独断でビバリーヒルズに乗り込む。

感想

エディ・マーフィーの主演作といえば、1番目か2番目くらいに名前が挙がるこの作品。
それも納得のエディ・マーフィーの魅力が盛りだくさんでした。
その魅力がとにかくよく喋ること。
デトロイト市警に所属しているアクセル(エディ・マーフィー)が友人を殺されたことから敵討ちのために、管轄外のビバリーヒルズへ行くため、常に素性を隠さないといけないんですね。
それを隠すために嘘八百をスラスラと並び立てるのが痛快でした。
悪党はもちろん、ビバリーヒルズ市警の人間までも欺く口達者さは笑えました。
この笑えるというのも魅力のひとつで、絶妙に「あり得るのでは?」と思える嘘をしれっと押し通すのがユーモアたっぷりで良かったです。
それらの言動が、アクセルが刑事として有能さの一部でしかないのも良かった点。
もし、口達者なだけだったらただのひょうきん者でしかなく、魅力としては今一つになっていたでしょう。

そして、こうした言動をするエディ・マーフィーがコミカルさに深みを与えていました。
相手に有無を言わせないマシンガントークっぷりと、嘘を本当に見せかける迫真の演技は見もの。
「そりゃ騙されるわ」と、笑って見られる安心感は、彼が演じたからこそあったものだと言えるでしょう。
一方で、シリアスなシーンではしっかりと空気を締めさせてもいて主人公らしさ全開でした。
銃を構えるのも様になってますし、刑事役がハマっていましたね。

そうしたアクセルを囲むメンバーもなかなかに個性的。
特にビバリーヒルズ市警のタガートとローズウッドのコンビはいいキャラをしていました。
この2人、初めこそお堅いマニュアル人間なのですが、アクセルと接することでだんだんと考え方を変えていくんですね。
振り回される2人の姿をコミカルに描きながらもアクセルを刑事として認めていく展開は、王道ながらも熱い展開。
終盤にはアクセルに協力して銃撃戦を繰り広げたりもしており、好感度は増すばかりでした。
刑事モノとしてもコメディとしても面白味を持たせる良きサブキャラクターとなっていました。

そんなアクセルらが挑むのが、悪党メイトランドでした。
ビバリーヒルズでも屈指の画商である彼は悪党としては申し分のない存在。
裏では麻薬の密輸を行っており、ビバリーヒルズの裏に潜む闇があることを感じさせていました。
ただ武力があるだけでなく、権力を悪用するズル賢さも併せ持っているのも面白かったですね。
こうした巨悪がいるからこそ、アクセルの活躍がより一層輝いていたのだと思います。


エディ・マーフィーの魅力をこれでもかと生かしていた本作。
そこには、アクセルというキャラクターはもちろんのこと、魅力的な脇役や悪党がいることによって引き立てられていたのだと思いました。
なんにせよ、ビバリーヒルズを舞台とした面白い刑事モノを見られて満足でした。

【ネタバレあり・レビュー】西部魂

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ストーリー

1861年
エスタン・ユニオン社の技師長エドワード・クレイトンは、電信線の拡張を計画の調査中に落馬してしまうが、偶然通りかかった若者に助けられる。
落馬の傷も癒えた頃、クレイトンは電柱建設工事の作業員の中に自分を助けた若者がいることに気づく。
ヴァンス・ショウと名乗ったその若者に恩義を感じるクレイトンであったが、彼はお尋ね者であった。

感想

西部劇と言ったら荒野!そんなイメージがあります。
けれど、本作の目標はその荒野に電信柱を立てること。つまりは何もないだだっ広い荒野に異物を立てるのが目的となっています。
その工事を担う会社内での人間関係や、工事を狙ってのゆすり、インディアンとの抗争であったりを半分シリアス、半分コミカルで描いているのが作品の特徴です。

それらの要素を抑えているのが、キャラクターでした。
メインとなるのは、クレイトン、ショウ、ブレイクの3人。この3人の関係が面白かったです。
クレイトンから2人に対する熱い信頼であったり、ショウとブレイクが恋のライバル関係にあったりと、笑いを含ませながらも、強固な関係を築いていく過程をしっかりと描いていました。
そうした強固な関係がもたらすのがラストです。
ショウはそれまで、兄が率いる賊に何もできずにいました。牛を盗まれようが馬を盗まれようが、「耐えるしかない」の一点張り。
しかし、ラストに限っては兄を許さず銃を手に一人で挑んでいくんですね。
それは、兄の行為が度を越していたからというのもあるかもしれませんが、クレイトンら工事関係者に情が沸いていたからだとも考えられます。
そうした感情の変化をもたらしたのが、彼らが共に過ごした時間です。
時には争い、時には協力し合う関係であった彼らの培ってきた信頼関係が見えるかのようでした。
で、これはブレイクにも言えることです。
彼もまたショウと過ごす内に情を持つようになっており、ショウが銃弾に倒れた際には仇討のために戦うという姿も見せていました。(銃の扱いなんてほとんどしていないにも関わらず)
時間が経つごとに電信が設立されていきますが、それと同じように彼ら3人の間にも確かな信頼関係が築かれていくのは見ていて楽しかったです。
そのつながりを表したラストシーンは、グッとくるものがありました。

そんな本作ですが「荒野に電信柱を立てる」という目的からも分かるように、時代の移り変わりを描いています。
電信=電話の走りであることからも分かるように、時代は西部開拓時代末期。
電信をつなげる命令がリンカーン大統領じきじきに下されていたり、やたらと武器に頼ったりしない辺りからそうした時代背景を感じ取ることが出来ました。
その中で避けられないのが、インディアンとの関係でした。
荒野を自らの土地とする原住民の人たちからすれば、電信なんていう訳の分からないものを作るのですから面白くありません。
そこに流れる空気は一触即発。その緊迫感を電線を用いてインディアンたちに直接害がない事を体感させるという手段はなかなかのユーモアでした。
そうしたインディアンたちとの対立の影に悪党が潜んでいたというのも面白い話。
白人であってもインディアンの格好を真似るだけでたやすく騙せてしまうのは、インディアン=野蛮だという偏見があるからなのかもしれません。
なんにしても互いの理解があれば悪用されることのないエピソードであっただけに、白人とインディアンとの関係を考えさせられました。


電信を通すために奔走した西部の男たちを描いていた本作。
西部時代に生きた人々の努力が今の時代へとつながっていることを思わせる、見ごたえある作品でした。

【ネタバレあり・レビュー】グッバイ、リチャード! | 余命半年のジョニー・デップが見せる最後の生き様!

生きる者として決して避けられない運命、それが死です。
その事実に人は恐怖し、不安を抱くのは当然のことだと言えるでしょう。
それだけに、人の死を尊く美しいものとして描いた作品は共感を呼び、愛される傾向にあります。
今回レビューする『グッバイ、リチャード!』は、余命を宣告された男が自分の好きなように最後の時間を過ごす作品です。

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ストーリー

大学で英文学の講師を勤めるリチャードは、肺癌により余命半年を宣告された。
タバコは吸わず、不摂生もしてこなかった彼は大きなショックを受けながらも、それを受け入れようとする。
その事実を妻ヴェロニカと娘オリヴィアに打ち明けようとするが、ヴェロニカが浮気を、オリヴィアがレズビアンであることを告白したことから言い出せないまま時間は過ぎていく。

感想

主演がジョニー・デップということで俄然興味が沸いていたこの作品。
彼の魅力が見られたのはもちろんのこと、作品としてもなかなかに楽しめる内容でした。
死を言い渡されたリチャードの破天荒な行動やそれを受けて混乱する人々のやり取りは、"死"を連想させないコミカルさを持っていました。
一方で、リチャードが近づいてくる"死"を受け入れていくシリアスさも持ち合わせており、共感しやすい内容となっていました。

そんな面白さの多くを占めていたのがジョニー・デップの存在です。
作品冒頭の死を宣告されて、わめき散らし暴れまわる姿からしてもう心を捕まれました。
ひねくれていたり、自暴自棄になったと、情けない姿を見せてはいるのですが、冒頭の掴みがあることによってその姿を受け入れやすくなっていたように思えます。
なにより、世間体を気にせず飾らない生き様が清々しい!
酒、クスリ、女と、人間ダメにする3つを味わい尽くし、やりたいようにやるその姿は「こんな自由に余命を過ごせるならいいのかも」と思わせる程でした。
そうした爛れた生活を送るリチャードの姿を実生活で酒癖の悪いジョニー・デップが演じているのが皮肉が効いているように思えます。
そうした、俳優ネタも含め、デップにしかできない役どころが見ていて面白かったです。

そんな自暴自棄なリチャードに振り回される人々を見るのもまた楽しい点でした。
彼の自堕落ながらも飾らない姿に、家族や友人、教え子たちが、時には惹かれ、時にはドン引きする様子はユーモアに溢れていました。
一方で、彼のそんな生き方から一瞬を大事にすることを学ぶシーンもあり、作品の本質がブレていなかったのは良かったと思います。
笑える中でも考えさせられるというメリハリの付け方が、作品により入り込める利点となっていました。

作品全体としてはそこまでドラマティックな展開が待っているわけではありませんでした。
しかし、主演がジョニー・デップというだけでも「どんなことをやらせるのか」という好奇心を刺激し続けていたのも事実。
スター俳優をキャスティングした利点が作品にしっかりと生かされていたように思えました。

解説

人の残された時間を描いた作品というのは、これまでにも幾つも作られてきています。
それでは本作の魅力はどこにあるのでしょうか?
たしかに、スター俳優であるジョニー・デップを起用することでキャッチーで親近感を抱きやすくしていたというのは魅力のひとつでした。
しかし、本作でオリジナリティを構成していたのはストーリーだと言えるでしょう。
本来、こうした余命いくばくかを宣告された人間ドラマというのは、決まった路線を行くものです。
人との関係や自身の後悔を清算し、綺麗に死を迎える準備をするという、いわゆる「立つ鳥後を濁さず」の王道展開です。
その方が感動的で見栄えがありますからね。
しかし、本作はその逆で、死を間近に迎えたリチャードが自暴自棄となってそれまで倫理観が邪魔して出来なかったような事(不倫や学長への反抗など)をするようになっていました。
要するに「後を濁しまくろうが知ったこっちゃない」を貫き通す邪道展開だったわけです。
けれど、それだけだと主人公がただのクズとなってしまい、たとえ死が間際に迫ろうと同情の余地がない状態となってしまいます。
そこでキーパーソンとなっていたのが、リチャードの友人ピーターでした。
彼は、リチャードの余命をまるで自分のことのように受け取り、お節介を焼いていました。
彼がいることで、リチャードが決していかないようなセラピーに行くことになったり、本音を吐き出す機会に恵まれたりと、リチャードが死と向き合うのに必要な機会を作りあげていました。
邪道ながらも死と向き合うというテーマ上、必要な要素を抑えるのに、ピーターという友人ポジションは必須であったと言えるでしょう。
「立つ鳥後を濁さず」とはいかないまでも、リチャードの言動に納得できるというのは作品の魅力があればこそでした。