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【ネタバレあり・レビュー】ある日どこかで

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ストーリー

1972年、大学生であるリチャードは老婆から時計を渡される。
それから8年後、劇作家となった彼は1枚の写真の女性に惹かれる。
それは1911年の女優エリーズであった。
彼女に逢いたい一心でリチャードはある教授が提唱していたタイムスリップを実行に移す。

感想

SF映画というのは、良い作品であればあるほどコアなファンが付きやすい傾向にあります。
本作もその例に漏れず、良質な作品でした。コアなファンが付くのも納得です。
ただ、本作がその他の名作SFと異なるとすれば、あくまでメインテーマはロマンスであることでしょう。
あくまで本作のSF要素―――タイムスリップは時代を超えたロマンスを成立させるための手段でしかありませんからね。


まずはタイムスリップについて、書いていきます。
本作、個人的にはこのタイムスリップの方法が非常に独特であったと思います。
自分の身の回りの物を全て昔の物(行きたい時代の物)で固めて、自身に暗示をかける、なんてこれまで見た事がありませんでしたからね。
とはいえ、妙な説得力があったのも事実。「目が覚めたらいつの間にかタイムスリップしていた」なんてご都合主義な展開よりもずっと引き込まれる設定であったと思います。

この設定がラストにしっかりと生かされるのも素晴らしかったです。
現代のコインを持っていた事から一気に元の時代へと引き戻される展開は、伏線もあったことから予想できたことではありましたが、それでも衝撃を受けました。

このタイムスリップ要素で最も凄かったのが、フィルムの使い分けをしていた事です。
現在の部分をコダック、過去の部分を富士フイルムで使い分けていたとのこと。
私は作品を見る前にこの情報を知ったのですが、「どうせ素人目で見て分かるハズがない」と思っていました。
しかし、実際見てみると結構違う!
特に感じられたのが色合いで、現在よりも過去の方が僅かに色が薄めで優しい感じがしました。
なんだか過去の方は本当に夢の中にいるような雰囲気が出ていて作品にピッタリ。まさに演出の妙でした。
SF要素をただストーリーに組み込むだけでなく、ロマンスの演出にも生かしたセンスには感服しました。


そうしたSF要素がより輝くのがロマンスの美しさと儚さがあったからでした。
1911年という日本人視点から見ても古臭さを感じる文化を背景に、「夢と愛どちらを取るのか」という普遍的なラブロマンスを見せるのは王道的と言えます。
それを演じる二人も素敵でした。
当時、『スーパーマン』で人気を挙げていたクリストファー・リーヴのガタイがいいのに爽やかな紳士的ルックス。ジェーン・シーモアの夢を追いながらも、リチャードに惹かれていき動揺する姿。
初々しくも情熱的な二人の恋路は、見ているだけでももどかしくなるような甘い時間でした。
クリストファー・プラマー演じるロビンソンもまた、いいアクセントになっていました。
二人の恋路を邪魔をするも、逆により熱く燃え上がる着火剤としての役割、それでいてエリーズの将来を誰よりも案じている人間らしさも持っていて、どこか嫌いになれない人物でした。
エリーズの未来を予言し、実際にその通りになっているというミステリアスさも持っており、リチャードがタイムスリップを実現させたことも踏まえるとなかなか考察の余地がある人物のようにも思えました。

そしてロマンス要素で最も切なかったのが、突然二人は別れることとなり、エリーズが死ぬまでリチャードを思い続けていた事でした。
それを冒頭のシーン(リチャードが大学生時代)で既に明らかにしているのですから、ニクい演出です。
私はこのシーン見たさに冒頭だけもう一度見ましたが、意味が分かると凄く感動的。二度、三度と見たくなる伏線が最初から詰め込まれていたんですね。
この作品がいかに、細部にまでこだわっているのかが分かるようでした。


SFとロマンスを上手く融合させていた本作。
ストーリーの奥深さを演出の丁寧さによって、より楽しめるものとしていました。
多くのファンに長く愛されているのも納得の作品でした。

【ネタバレあり・レビュー】ミツバチのささやき

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ストーリー

1940年のスペイン。
内戦直後の村で暮らす少女アナは、姉イサベルと映画館で『フランケンシュタイン』を鑑賞した。
そこで怪物の存在を知ったアナは、イサベルから怪物が実在していると聞かされる。
それを聞いたアナは、精霊の存在を探し始める。

感想

難解映画として名高く、興味本位で見た作品。
うん、難しいです。
なんとなく、言わんとすることは分かるのですが、ちょいちょい「このシーンなんのために入れたんだ?」と思うシーンがチラホラ。
で、その難しくなっている原因はひとえに、映像でしか説明をする気がないからでしょう。
極端にセリフが少なく、登場人物(あるいは俳優)の動きや表情で全てを成立させようとしているんですよね。
そのため、少しでも制作側と見ている側との歯車が噛み合わないとどんどんズレていく感じがしました。

そんな手探りの中、読み取れたのが一家の次女アナの自我の芽生えでした。
この作品、冒頭で説明されるように時代は1940年代の前半。そして、一見平和そうに見えても内戦により町の外から出られないのが実情でした。
そのため、アナの父親や母親はかなり辛そう。
父親はミツバチの研究に日々を費やし、机の上でぶっ倒れるように寝ています。
母親も日々届くか分からない手紙(宛先が明示されないのですが、文章の感じからして息子?)を出してはそれが功を奏していない現実に打ちひしがれていました。

そんな環境下ではあるものの、アナは姉のイサベルと仲良くノビノビ育っています。序盤までは。
途中から、二人の個としての違いが明らかになってきて、イサベルの行き過ぎた行動にアナがドン引きするかのようなシーンが何度かありました。
イサベルがそうした思春期特有の過度な悪戯癖が見え出す一方、アナは純粋無垢さを保っていました。
しかし、その中にも少しずつ変化が。そのキーパーソン(?)となるのが、フランケンシュタインの怪物でした。
映画冒頭に、1931年版の『フランケンシュタイン』の冒頭が意味ありげに長々と流されることからも、並々ならぬこだわりを感じさせていました。
で、この映画を見たアナが、怪物が少女を殺し、怪物が殺された理由をイサベルに問うのですが、彼女の答えは「怪物は精霊で実は死んでいない」というものでした。
おそらく『フランケンシュタイン』を見ていない人でも、それが適当言っていることは分かるでしょう。
しかし、アナはこれを信じて、精霊(怪物)を探すんですね。
なんという純粋無垢さか!それをいいことにアナをからかうイサベルは、まさに成長して純粋無垢さを失った生意気なガキのようでした。

しかし、偶然にも脱走兵と出会ったことからアナはそれを精霊だと信じてしまいます。
その脱走兵との絆であったり、彼の死であったりと、アナは様々な経験を積むことに。
その現実を見据えながらも、最後まで精霊に祈り続ける純粋無垢さは子供の美しい心を感じさせていました。


難しい内容ということで、鑑賞した本作。
確かに難しいのですが、子供(アナ)の視点からストーリーを追ってみると、作品の大事なポイントは抑えられたのではないかと思います。
洗練された暖かみのある映像もあり、絵画でも見ているかのような気持ちになる洗練された作品でした。

【コラム】クリストファー・プラマーという俳優の凄さと思い出!

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2021年2月5日で一人の俳優の訃報が流れました。
それはクリストファー・プラマーが亡くなったというもの。
大御所の俳優であっただけにショックを受けた方は多いのではないかと思います。
今回は、そんなクリストファー・プラマーがいかに凄い人物であったのかのまとめと、個人的な思い出について書いていきます。

クリストファー・プラマーの凄さ

出演作品

まず彼の凄いのが出演作品の数です。
彼は全体で215作品に出演(映画119作品、テレビ79作品、舞台17作品)しました。
1953年にブロードウェイでデビュー、1958年に映画デビューを果たします。(デビュー作は、ヘンリー・フォンダ主演の『女優志願』)
しかし、彼は1929年生まれなので、53年時には24歳、58年時には29歳と、決して早熟であったわけではありませんでした。

そんな彼の転機となるのが1965年の『サウンド・オブ・ミュージック』です。(撮影時は64年で35歳)
ここで一躍有名になった彼は様々な作品に出演。
『サンセット物語』(1965)や『王になろうとした男』(1975)、『サイレント・パートナー』(1978)、『ある日どこかで』(1980)などで活躍しました。
また、他にも1979年には『名探偵ホームズ・黒馬車の影』でシャーロック・ホームズ役を、1991年の『スタートレックVI 未知の世界』ではチャン将軍役を演じるなど、キャラクター性のあるキャッチーな役もこなしていました。
デビューから現在に至るまで、ほぼ毎年テレビシリーズ、あるいは映画に何かしら出演してきたというのは彼の役者魂を感じさせますね。

そんな彼の役どころとして多いのが、主人公ではなく、主人公と強い関わりを持つ助演でした。
それは『サウンド・オブ・ミュージック』のトラップ大佐役からも顕れていますね。
また、ナレーターやアニメーション映画の声優としての活躍も多く、中でも2009年のピクサー映画『カールじいさんの空飛ぶ家』は、記憶に残っている方も多いのではないかと思います。

そうした数多くの作品に出演してきたクリストファー・プラマー
続いては、彼の俳優としての功績を見ていきます。

受賞経歴

ここで見ていきたいのが、クリストファー・プラマーが俳優として得た賞についてです。
ひとつの指標とも言えるアカデミー賞
この賞にプラマーは助演男優賞として3度ノミネートされています。

1度目が2009年の『終着駅 トルストイ最後の旅』(授賞式は2010年)
2度目が2010年の『人生はビギナーズ』(授賞式は2012年)
3度目が2017年の『ゲティ家の身代金』(授賞式は2018年)

この内、『人生はビギナーズ』で助演男優賞を獲得しました。
この時、彼は82歳。当時、アカデミー賞最高齢の受賞者として多くの人々を沸かせました。(現在はジェームズ・アイヴォリーの89歳が最高齢)
また、『ゲティ家の身代金』でのノミネートは、助演男優賞の中では最高齢ノミネート、さらに9日間での撮影による最短ノミネート記録も更新しました。(ケビン・スペイシーの代役としてキャスティングされたため)


こうした、アカデミー賞だけ見ても多くの逸話を残しているプラマー。
しかし、彼の凄さは他の賞を見るとさらに分かることに。

ブロードウェイの最高の賞「トニー賞」を2度受賞(1974年の『Cyrano』、1997年の『Barrymore』)
テレビドラマの最高の賞「エミー賞」を2度受賞(1977年の『The Big Event』、1994年の『マドレーヌ』)
アカデミー賞の前哨戦でもある「ゴールデングローブ賞」を1度受賞(『人生はビギナーズ』)

アカデミー賞トニー賞エミー賞の演技三冠を獲得したのは、史上19人目。
カナダ人俳優としては初の偉業を果たしました。
もちろん、他の賞も数多く獲得しており、彼の俳優としてのレベルの高さを表していると言えるでしょう。

クリストファー・プラマーの思い出

ここからは個人的なクリストファー・プラマーに対する思い出を書き連ねていきます。
そもそも、私が彼の存在を知ったのは割と最近。
2016年の『手紙は憶えいる』でした。
それ以前にも『サウンド・オブ・ミュージック』や『王になろうとした男』、『12モンキーズ』などで見ていたハズなのですが、特に気に止めていませんでした。
しかし『手紙は~』を見た私は衝撃を受けました。
「ここまで演技力の高い俳優がいるのか!」と。
そこで調べてみたら今までにも見ていたことに気づき『サウンド・オブ・ミュージック』を見直したんですね。
そこからはもう虜に。
2019年に「午前十時の映画祭10-FINAL」にて再び鑑賞する機会がありましたが、もうトラップ大佐中心に見ていました。

そんなワケですっかりクリストファー・プラマーのファンになった私はその後、17年の『偽りの忠誠 ナチスが愛した女』、18年の『Merry Christmas! 〜ロンドンに奇跡を起こした男〜』、『ゲティ家の身代金』、20年の『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』を劇場で鑑賞。他にも過去作を幾つか見ました。
直近で見たのは『ある日どこかで
役どころとしては、主人公の恋路を邪魔する男。
しかし、ヒロインの将来を案じ、恋心以上の熱意を見せる姿はどこか憎むことが出来ません。
そこまで出番が多いわけでもないのですが、記憶に残る人間らしさを感じさせていたと思います。

このように、彼が演じる役どころは皮肉屋であったり偏屈であったりと、どこかひと癖あることが多いです。
しかし、大抵その場合は裏にどこか憎めない点があります。
その、一見面倒くさそうな男が持つ人間味を引き出すのがプラマーは非常に巧かったんですね。
どんな役であっても個性を引き出す、それは彼の表現力があるからこそできることではないかと思います。

今年の3月には、主演ではないものの彼の遺作となる『ラスト・フル・メジャー 知られざる英雄の真実』が公開予定。(こちらはピーター・フォンダの遺作ともなっています)
公開館が少ないため、地方では見れるか分かりませんが、ディスクリリース後になっても必ず見たい一作です。

【ネタバレあり・レビュー】パリに見出だされたピアニスト | 今の時代に生まれるピアニストのサクセスストーリー!

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ストーリー

フランス・パリ郊外で暮らすマチュー・マリンスキーは、ピアノの才能がありながらも燻った生活を送っていた。
ある日、彼は駅に置かれたピアノを演奏しているところを国立高等音楽院のプロデューサーであるピエール・ゲイトナーに才能を見出だされる。
乗り気ではないマチューであったが、警察に逮捕されたことから、ゲイトナーに助けを乞うこととなる。
そんな彼に課されたのはゲイトナーのいる音楽院での公益奉仕であった。

感想

チャンスに恵まれて来なかった才能ある青年がチャンスを手にするという絵にかいたようなサクセスストーリーであったこの作品。
努力して、恋をして、師弟関係を築いてと、それこそ王道を行く展開は非常に見易い内容でした。

しかし、本作にも当然ながらオリジナリティはあります。
そのひとつがマチューの生活する環境でした。
マチューの暮らす郊外の都市はお世辞にも整った環境とは言えません。
常日頃から悪ガキ共がたむろしており、犯罪の計画であったり、バイクの曲乗りであったりと危険な香りを漂わせています。
一方、マチューが通うようになるコンセルヴァトワールブルジョアが通う学校です。
外観のオシャレさや洗練された態度を見せる生徒たちからもそれは顕著と言えるでしょう。
そんなわけでマチューにとっては非常に居心地の悪い場所であるコンセルヴァトワール
そこで彼が才能と努力でのしあがろうとするのが、この作品の面白さでした。

とはいえ、一筋縄で行かないのが思春期の厄介な所。
女伯爵(ラ・コンテス)ことエリザベスに叱られてふて腐れたり、自分の代わりがいると知ってコンテストに出るのを辞めると騒いだりと、なかなかの問題児っぷりを発揮していました。
確かにマチューの視点だけから見ると、大人たちのお節介、あるいはプロデューサーとしての力の誇示としてしか写りません。
しかし、実際にはその裏でゲイトナーが己の進退を懸けてマチューの将来を推していました。
そうした、ゲイトナーたちとの関係が少しずつ良好なものへと変化していくのも本作の楽しみのひとつであったと言えるのでしょうね。

そんな本作の最大の見せ場が、やはりピアノの演奏シーンでした。
ハンガリー狂詩曲」やラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」など、美しい曲の数々は思わず聞き入ってしまいます。
それをマチューの高速かつ性格な連弾で弾くのですから演奏シーンは常に鳥肌モノでした。
特にラストのコンテストで見せるラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」は、それまでマチューが練習していたものをフルで聞けるということもあって圧巻の一言。才能に満ちた彼がいかに努力をしてきたのか、数ヶ月間の練習描写はなかったもののそれを感じ取れるものとなっていました。


才能ある青年が努力をして成功するまでを描いていた本作。
才能が見出だされるのがストリートピアノであったり、フランスの実情を取り入れていたりと、王道なサクセスストーリーにも新しさがありました。
今の時代に見るからこそ、受け入れやすい作品でした。

【ネタバレあり・レビュー】クリスタル殺人事件 | 安楽椅子探偵を映画化する面白さ!

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ストーリー

1953年イングランド
片田舎のセント・メアリ・ミードにハリウッドからの映画隊が訪れていた。
それを率いる監督のジェイソン・ラッドと、その妻であり女優のマリーナ・クレッグはそこでパーティーを開く。
近隣に住んでいた女性ミス・マープルもまたそのパーティーに参加をしていた。
しかし、彼女はパーティー中、足を痛めて帰宅することに。
同じ頃、邸宅では一人の女性がお酒を口にして死亡する事件が起きていた。

感想

ミス・マープルといえばアガサ・クリスティの小説の登場人物であり、安楽椅子探偵……すなわち現場にいかず伝聞により事件の真相に近づいていく探偵というイメージが強いです。
本作もその例に漏れず、マープルはほとんどを自宅で過ごし、伝聞で事件を解決するというのが見所となっていました。

こうなると問題となるのが映画としての見栄えです。
個人的にですが、安楽椅子探偵モノは面白いものの映画向きではないと思います。基本、動きませんからね。
では本作はその問題をどのように解決していたかといえば映像の美しさで乗り越えていました。
ジェイソンとマリーナが暮らしている邸宅の内装であったり、彼らが撮影現場として使う映画のセットであったりは、1950年代という時代も見えることから視覚的に楽しめるんですね。

ただ、それだけだと「テレビでもいいのでは?」という疑問が生まれてきます。
実際、このミス・マープルのシリーズはドラマ化されており、シーズン6まで制作されている人気シリーズですからね。
では本作を映画化したことの利点がどこにあったかというと、壮大さにあったと思います。
本作、冒頭のパーティーシーン~殺害シーン、マリーナの映画撮影現場など、なにかとエキストラが多いです。
そこから見えてくるのは、撮影規模の大きさ……だけでなく犯人の大胆不敵さ。
人が多い中でも、犯行へと踏み切る犯人の行動力は、ドラマの枠では収まりきらない恐ろしさを感じさせています。
さらに、容疑者も絞りきれないという状況。まさに、映画スケールの展開であったと言えるでしょう。

さて、そんな本作が取り扱う事件がパーティー中に起きた毒殺事件。
基本的にマープルは家におり、聞き込みなどは彼女の甥ダーモット(ロンドン警視庁の警部)がやってくれます。
このダーモットがまたなかなかのキレ者かつユーモラスな性格をしているんですね。
そのため、聞き込みシーンであっても効率よく情報収集しますし、マープルとの何気ない会話でもちょっとした楽しさがあったりと小気味良いテンポで話を進めめくれます。
そんなダーモットの聞き込み結果を得てマープルが推理をするわけですが、これまた驚きの連続。
犯人こそ予測はつきましたがその動機がまさか序盤から明らかになっていたとは思いもしませんでした。
この動機が明かされる回想シーンも映像があるからこそ呑み込めるものとなっていたのが良かったですね。
で、さらに衝撃がラストシーン。
犯人が自殺するという展開は珍しくはありませんが、あそこまで美しい幕引きというのはなかなか見れません。
予測はできても驚きのある内容は見ごたえのあるものでした。


ミス・マープル作品の中でも屈指の名作と言われている本作。
マープルを演じたアンジェラ・ランズベリーのハマり役っぷりや映画だからこそ楽しめる要素はその名作をより面白くしていたと思います。
ミステリー小説を映画化するお手本のような作品でした。

【ネタバレあり・レビュー】フィールド・オブ・ドリームス

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ストーリー

アリゾナの片田舎でレイ・キンセラは妻子と暮らし、農場を営んでいた。
ある日、彼はどこからともなく聞こえてきた声から「畑を潰して野球場を作る」という使命に突き動かされる。
「夢を諦めた父親と違う生き方をしたい」という説得により、妻からも了承を得たレイは野球場を作り上げた。
やがてそこに死んだハズの野球選手シューレスジョー・ジャクソンが現れる。

感想

これほどジャンルを形容するのに困る作品はありません。
スポーツ?ヒューマンドラマ?ファンタジー
なんにしても言えるのはひとつ。素晴らしい作品でした。
その「素晴らしい作品」という結論に至ったのには理由が2つあります。

まず1つ目が、本作が野球への愛に満ちていた事です。
そもそもこの作品、野球をしているシーンはほとんどありません。
上映時間107分中、正味10分もないのではないかと思います。
しかし、プレーをするだけが野球ではないのです。
本作では、過去の野球選手の経歴や思い出を通して野球の在り方を説いていました。
その中心人物となるのが、実在した野球選手シューレスジョー・ジャクソンでした。
作中でも語られますが、彼は1919年に起きた「ブラックソックス事件」により野球界を追放された悲しき過去を持つ選手です。
そんな彼の逸話を作品では盛り込みつつ、純粋に野球好きである様子を描いていました。
そうしたシーンは本当に何気ないのですが、野球界を追放されたという彼の経歴を知るとかなり心に来るものがあります。
仲間を連れてきて野球に没頭する姿は、それだけでも感動モノでした。

本作においてもう一人、印象的な野球選手がムーンライト・グラハムです。
彼も実在していた野球選手であり、メジャーリーグでの出場1試合、打席なしという経歴も現実に沿っています。
そんな彼に1打席の機会を与えるのがまた素敵な話。
晩年期のグラハムを演じるのはバート・ランカスター。この人がまた味のある演技を見せており、シューレス・ジョーに「いいプレーだったぞルーキー」と言われるシーンはなんともグッとくるものがありました。(バート・ランカスターは本作が劇場公開作で出演するのは最後となりました。ちなみにテレビ映画には後3作ほど出演したようです)
ムーンライト・グラハムという選手の存在は、それまでコアなファン(あるいは原作『シューレス・ジョー』の読者)しか知らない選手でしたが、本作を通して一躍有名な人物になりました。
シューレス・ジョー、ムーンライト・グラハム、二人の実在した野球選手に対するリスペクトは、多くの人の記憶に残ったと言えるのでしょう。


素晴らしい作品であった2つ目の理由が、ノスタルジーでした。
本作はアイオワ州の田舎町が舞台となっているのですが、その畑が広がるだだっ広い景色だけでもなんだか懐かしさがこみ上げてきます。
さらに、夕暮れから夜にかけての美しい風景、少年のように野球を楽しむ選手たち、それを眺めるレイやその家族たち。
そうした光景は、自分の記憶にない事であるにも関わらず、なぜか懐かしさを感じさせるんですね。
そして、ラストには親子でキャッチボール。自然と涙が出そうになる光景でした。
それもそのハズで、このキャッチボールに至るまでにレイは長い旅路を歩んでいました。
その出会いや出来事は、彼が抱いてきた父親との確執、それを解消できなかった後悔を思い出すことにつながっています。
レイのキャラクターを通して感情移入してた私としては、ラストのキャッチボールはとても懐かしく、とても感動的でした。
おそらく本作で感じられるノスタルジーはレイが感じている懐かしさそのままなのでしょう。


野球に対する愛とノスタルジーに満ちていた本作。
あらすじだけ聞くと「天からの声を聞いて野球場を作ったら幽霊たちがやってきた」というなんとも馬鹿げたものに思えますが、実際に見てみるとスポーツ(野球)映画の中でも屈指の名作でした。
それは、映像や音楽の美しさ、キャラクターの魅力、それを演じる俳優など、様々な要素が合わさることで、そのトンデモ設定がとても神秘的で尊いもののように感じられたからなのでしょう。
いつかアイオワのトウモロコシ畑を訪れて「ここは天国かい?」と言ってみたいものです。

【ネタバレあり・レビュー】ダブルボーダー | 譲らない、譲れない、男たちの闘い!

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ストーリー

メキシコの近くテキサス州の町ウバルデ。
そこでレンジャーとして町を守るジャックは、メキシコから輸入されてくる麻薬を追っていた。
その麻薬ビジネスを牛耳っているのはジャックの過去の友人ベイリーであった。
その頃、町には元軍人たちが貸金庫に眠るある物を狙い暗躍していた。

感想

一人のテキサス・レンジャーと六人の元軍人、一人の悪漢の計九人の男たちが集まったなんともむさ苦しいヴィジュアルが印象的であったこの作品。
それはなにも男たちが集まっているからというだけでなく、彼らが常に汗だくであったからでした。
それもそのハズ、本作の舞台となるのはテキサス州とメキシコという、温暖な地域。
そこを走り回ったり、銃撃戦を展開したりすれば当然汗だくになってしまいます。
また、常に命のやり取りが付きまとっているため、皆の間に緊張感が漂っているのも汗だくであった一因なのかもしれません。

そんな本作、冒頭は元軍人たちの紹介から始まります。
正直、ここでは彼らが書類上は死んでいるという情報しか入ってこず「一体、何が始まろうとしてるんだ?」という状態でした。
この後、急にテキサス・レンジャーのジャックの視点に切り替わり、ベイリー追跡の話に変わったりして疑問の多い序盤だった印象です。

面白くなってくるのは中盤から。
ハケット少佐率いる元軍人たちが銀行強盗のための下準備を始め、ジャックはベイリーを追う内に相棒を亡くすなど、だんだんと物語が加速していきます。
そして元軍人たちによる銀行強盗シーンは臨場感抜群。一筋縄には行かない展開含め、ハラハラドキドキとさせられる展開の連続に惹きこまれました。
この銀行強盗シーンでレンジャーたちを陽動させるため倉庫を爆破させるシーンがあるのですが、そのシーンの迫力が凄い!
80年代の映画でいったいどうやってあそこまでの爆発を出せたのか……
あのシーンを見るだけでも本作への力の入れようが窺えました。

そんな心をがっちり掴むのがウォルター・ヒル監督の手腕であったと思います。
無関係であったハズのレンジャーと元軍人たちが手を組むという熱い展開。
まるで西部劇のようなジャックとベイリーとの決闘。
銃撃戦に次ぐ銃撃戦のロマン。
気づけば手に汗握り、食い入るように画面を見ている自分がいました。
最高のロマンと迫力、男臭さを詰め込んでいたと思います。

個人的にヒットしたのがここで挙げた西部劇のような展開でした。
舞台がテキサス州であることもあり、常に西部劇風味ではあるのですが、ジャックらの生き様もそうなんですよね。
ジャックは町を守るために、ベイリーは己の私欲を満たすために、元軍人たちは任務のために行動をしていました。
善悪問わず、それぞれが抱いた信念を貫く。
それは西部劇でよく見る光景だと思います。

そうした中でも、主人公であるジャックが正義の位置にいるのがポイントでした。
ベイリーを今なお友人と信じ救おうとし、得体の知れない元軍人を信用して共に行動する、それはひとえに町を守るという正義を果たすためです。
そのために命を賭けた戦いへと踏み入れていく姿は、まさに漢。
西武時代を生きた誇り高きガンマンのようなカッコよさを持っていたと思います。
とはいえ、それでも悪が完全に根絶やしにされることがないラストシーンは、どこか皮肉めいたものを感じました。


テキサス州を舞台に、レンジャーの誇り高き戦いを描いていた本作。
その内容は、公開当時1987年の時代を感じさせるものであったと思います。(1982年のレーガン大統領による麻薬掃討作戦が成功し、別ルートであるメキシコからの輸入が横行し始めたのだとか)
そんなアメリカの歴史を感じさせる作品でもありました。