【レビュー】ちいさな独裁者(ネタバレあり)
権力とはおそろしいものです。
命令すればひと度に人を従えることができ、それが強ければ強いほど好き勝手な命令ができてしまうからです。
もし、自分が会社で上司に叱られている時にその立場が入れ変わったとしたら……?
おそらく多くの人が復讐を目論むでしょう。
そんな、妄想で終わってしまいそうな話が、第二次世界大戦下のドイツで実際に起こりました。
今回レビューする『ちいさな独裁者』は、上等兵ヴィリー・ヘロルトが将校の軍服を見つけたことから権力を振りかざす独裁者へと変貌する様を描いた作品です。
【感想】実際に起きた人が独裁者へと変貌する瞬間
時代は1945年4月。時代は1945年4月。ドイツの降伏宣言が1945年5月7日(ヒトラーが死ぬのは4月30日)だと知っている方ならもうこの時点で「あ……」となるわけですが、もちろん本作の主人公となるヴィリー・ヘロルトらはそんなことは知りません。
ただ、だいぶ劣勢であることは悟っているようで、そのためドイツ国内は、兵士→脱走兵→略奪者へのジョブチェンジも珍しくない時代であったようでした。
そんな状況下なわけですので、ドイツ国内もかなりわちゃわちゃしていた印象が強いです。
お互いに疑いあい、脱走兵と分かれば即捕縛。収容されたらされたで「戦わなかったアイツらをどうして養う必要があるんだ」と、肩身の狭い思いをさせられるのが実情でした。
そんな中で、権力(大尉の軍服)を手に入れるのがヘロルトです。
冒頭から脱走兵として命を狙われているという、カーストでいえば最底辺であった彼が、軍服一着で一気に上官に成り上がるのは「なんの冗談だ」と言いたくなります。
しかし、そんな冗談のような話がまかり通ってしまうのですから「事実は小説よりも奇なり」です。
いかに、当時のドイツがわたわたしていたのかが分かりますね。
また、大尉という役職が後方地域ではかなり上に位置していたのも、ヘロルトの正体がバレなかった大きな要因かと思います。
作中で、ヘロルトが正体を隠している間に大尉以上の役職の人間は現れていませんからね。
強制的に身分を調べたりなんてことが、誰も出来なかったのは大きかったと思います。
なにより注目であったのが、メインテーマでもあるヘロルトの変貌でした。
追手に怯え、震えていたひ弱さはどこへやら、軍服を着てからの自身に満ちた姿はまさに将校そのもの。
弁が立つのはもちろんすごいのですが、度胸の強さがハンパじゃありません。
人を見下し、命令を下す姿がとても自然なんですね。
冒頭での脱走兵の姿を見ていても「こいつ本当に同じ人間か?」と疑いたくなるような変わりっぷりでした。
しかし、彼自身が根っからの独裁者体質かといえばそうでもなく、むしろ彼がそれまで体験してきたことをそのまま演じているように思えました。
とはいえ、彼が不運だったのは脱走兵の収容所へ行ってしまったことでしょう。
自身が脱走兵であることを忘れ、収容されている脱走兵を殺りくしたことで、自らの精神を蝕むことに。
脱走兵たちが死ぬのを見て、心の中で叫ぶシーンは彼の精神が崩壊するのを明確に表していました。
で、面白い(というと不謹慎ですが)のが、仲間や収容所の看守たちもヘロルトと同じように狂っていくことです。
上官の命令に逆らうことができず、自らの心を殺して任務を遂行する姿はそうするしかないとはいえ、人間の残念な部分が出ていました。
初めは同情の余地も感じさせるのですが、終盤にはそれを一切感じさせないくらい変わってしまっていたのが印象的でした。
エンドロールでは、そんな彼らが現代のドイツで傍若無人な振る舞いをする姿が映し出されていました。
上司の振る舞いがそのまま部下に影響するのは、今の社会も同じこと。
歪んだ上下関係は今でも消えないということを感じさせるエンドロールでした。
本作は総合的に見てもかなり面白い作品であったと思います。
ただ一点、気になったのが描写の過剰さでした。
実在した人物を題材にしているだけに、リアリティのある展開を期待したかったのですが、どこかエンターテイメント性を見せていたんですね。
例えば、至近距離で銃弾が当たらなかったり、あり得ないようなミラクルで爆撃が人に直撃したりなどです。
まあ、作品を面白くするための刺激は必要ではありましたし、そこまで声を大にするほどではありませんが、少し気になったので書いておきました。
実在したヴィリー・ヘロルトを題材にした本作。
彼の動向を追ったドキュメンタリー映画『Der Hauptmann von Muffrika』(1997)という作品もあるようですが、タイトルからも分かるように、日本語字幕・吹き替えが存在しません。
そのため、日本で彼の物語を見られるのは本作が初。(おそらく)
戦争は外の国との戦いだけに限った話でないことを再認識させられました。
【調査】ヘロルトの人生を見てみる
本作で注目したいのが、ヴィリー・ヘロルトという人物についてです。実在した人物だけに、もともと独裁者気質であったのかは気になる所ですよね。
と、いうことで彼の人生をまとめてみました。
なお、8割がたWikipedia情報なので、正確とは言えないかも。
年代 | 出来事 | 備考 |
---|---|---|
1925/9/11 | ヴィリー・ヘロルト出生 | ・ザクセン州ルンゼナウで出生・父親は屋根ふき職人 |
1932~1940 | 国民学校で義務教育を受ける | ケムニッツのフォルクス学校に通う。 |
1940~1943 | 技術学校へ通う | ・煙突清掃員としての訓練を受ける。・無断欠席のためヒトラーユーゲントを追放 |
1943/6/6 | 国家労働奉仕団(RAD)から招集を受ける | 占領下フランスで大西洋の壁の建設にあたる。 |
1943/9/11 | RADを除隊 | - |
1943/9/30 | 兵役に招集 | 空軍にてパラシュート連帯との基礎訓練を行う。 |
1944/1 | イタリア戦線に派遣 | ・アンツィオの戦い、モンテ・カッシーノの戦いに参戦・上等兵に昇進。その後ドイツへ移動。 |
1945/3 | 戦闘中に脱走 | グローナウ(ドイツ)での戦闘中に脱走 |
1945/3? | 軍服を発見し大尉に成り代わる | バート・ベントハイム(ドイツ・オランダ国境付近)で軍服を手に入れる |
1945/4/12 | エムスラント収容所アシェンドルフ湿原支所に到着 | 収容所にはおよそ3000人が収容 |
1945/4/12 18:00 | 30人の囚人が殺害される | その後も続けられ、計98人が殺害される |
1945/4/13 | 74人の囚人が殺害される | - |
1945/4/16 | ソ連がベルリンを包囲 | 最終攻撃となる |
1945/4/19 | エムスラント収容所が爆撃を受ける | イギリス空軍による攻撃 |
1945/4/20 | パーペンブルクで白旗を掲げていた農夫を逮捕し、絞首刑 | 即決裁判所での活動 |
1945/4/21,22 | レーアにて4人を処刑 | 21日レーアに到着、翌22日に処刑。即決裁判所での活動 |
1945/4/25 | レーア刑務所に収監されていたオランダ人5人を処刑 | 即決裁判所での活動。最後の犠牲者 |
1945/4/30 | ヒトラー自殺 | - |
1945/5/3 | 逮捕され罪を自白 | 執行猶予大隊への転属で前線に送られることになるも逃亡 |
1945/5/9 | ドイツがソ連に降伏 | - |
1945/5/23 | 食パン1斤を盗んだとしてイギリス海軍に逮捕される | ヴィルヘルムスハーフェンにて煙突清掃員として働いていた。 |
1946/2/1 | イギリス軍の命でヘロルトらがアシェンドルフ湿原収容所跡の遺骨を掘り返す | 195人分の遺骨が回収 |
1946/8 | オルデンブルクにて軍事裁判が開かれる | ヘロルト含め14人が125人の殺害の容疑で裁かれる |
1946/8/29 | へロルトと6人の敗残兵に死刑が確定 | 5人が無罪となる。後に敗残兵の内の1人が控訴し、判決が取り消される |
1946/11/14 | 死刑執行 | ヘロルトと敗残兵5人の計6人 |
こうして見ると分かるように、いち兵士として普通の人生を送ってきたように見えます。(無断欠席でヒトラーユーゲントを追放されたりはしていますが)
転機となったのは、おそらく1944年のモンテ・カッシーノ、アンツィオの戦いでしょう。
上等兵に昇進こそしていますが、おそらくここでトラウマが出来たのだと思います。
映画を見る限りだと、上官からのパワハラ(というか命の危険すらある行為)をされていたことが窺えました。(大尉の軍服を着て上官のマネをするシーンから)
それが無くとも1944年の連合軍との戦いは前線であるため、強く"死"を意識するきっかけとなったのは確かです。
そうして考えると、1年後のドイツ国内で起きた戦いからの脱走、及びその後の独裁者への変貌は、戦争の恐怖やそれに参加を強要する上官が原因であったと言えるでしょう。
普通の人間でさえも独裁者へ変えてしまうというのが、ヘロルトの人生を見るとよく分かります。