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【レビュー】その手に触れるまで(ネタバレあり)

世界にはさまざまな宗教が存在します。

そうした宗教には決まり事や、やってはいけない事があるのも珍しくはありません。

今回レビューする『その手に触れるまで』は、イスラム教に執心する一人の少年の物語です。


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本作を見て率直に感じたのが、融通の利かない信仰心のおそろしさでした。

主人公となる少年アメッドは、冒頭にも書いたようにイスラム教の信徒です。

決まった時間に礼拝を行い、手を清める事を欠かさず、女性とは握手をしません。

それをいち少年が実行しようとすれば周りから浮いてしまうのが必然です。

そうなれば、周りの大人はほっとくわけにはいきません。

けれど、その心配が逆にアメッドの反抗心を煽ってしまうという、実にややこしい状態が出来上がってしまっているのが本作の導入でした。

そうして考えると、まだ20にも満たない少年であるアメッドが主人公というのは絶妙なチョイスであったと言えますね。

 

そうした若者らしい融通の利かない考え方が本作を面白くしていました。

なんと、アメッドがイスラム教を軽視するのを許せないあまり、放課後クラスの教師であるイネスを殺害しようするんですね。

後々になって、父親がいなくなってしまったことや、それによって信仰心を失ってしまった母親の変わりにイスラム教へ没頭するようになったことは明らかにされていましたが、その行動の唐突さには驚かされました。

当然、その計画は失敗するのですがアメッドは少年院に。本作の大半はそこでの罪の償いがメインとなります。

 

で、普通ならそこでの生活で改心して、イネスの念願であった握手に漕ぎ着けそうなものですが、本作は一筋縄には行きませんでした。

表面上では農場を手伝い、勉強を教え、女の子と仲良くなる模範囚を演じているのですが、心の奥底ではイネスに対して報復を目論んでいるんですね。

金属探知機に掛からない、歯ブラシをナイフにした凶器を作る執念には、思わず笑ってしまいそうになりました。

けど、彼にとっては真面目に、背信者であるイネスを殺す=イスラム教への信仰心の証明と考えているのですから笑えません。

徹底的に過激派イスラムの思考に陥っている彼の思考には、何度も息を呑まされました。

 

ただ、そうした殺害計画が全て失敗に終わるのが、素晴らしいところでした。

いくらアメッドが「イスラム教のために殺す」と言った所で、神はそれを望んでいないかのように偶然の連続でそれが回避されるのですから奇妙な話です。

最後には手痛い(とはいえ死ぬほどでもない)罰をくらい、イネスに謝罪をする機会にも恵まれていました。

それらを見ると、神に祝福されていると言っても過言ではないと思います。

イスラム教の教えを穿った解釈をしてしまい、過激な行動へと走るアメッドに神は文字通りの"救い"を与えているかのようでした。

 

アメッドがイスラム教にのめり込み、それがきっかけでさまざまな体験をすることとなる本作。

そうしたアメッドに感情移入させるかのように、シームレスなカット(例えば本来ならカットで割るような所をつなげてワンショットにしていたり)で彼の視点をより身近に感じさせていました。

BGMも少なくドキュメンタリーチックな印象も強いです。

そうした演出もあってか、アメッドが正しい道へと戻ってくるのを素直に応援したくなる作品でした。