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【レビュー】シャイニング

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スタンリー・キューブリック監督作と言われて挙げられる作品は何だろうか?
2001年宇宙の旅』、『時計仕掛けのオレンジ』、『フルメタル・ジャケット』etc...
多くの名作がある中でも『シャイニング』は、五指に入るだろう。
その人気の理由は数あれど、原作がスティーヴン・キングであることがかなり大きいと考えられる。
けれど、キングはキューブリックの『シャイニング』を嫌っているのは有名な話だ。
彼らの思想や価値観、宗教観のズレを聞くと、それこそよくキングが斧を持ち出さなかったなと思う。(『ドクター・スリープ』執筆後にもキューブリック版を認めない発言をするくらいには根が深い)


とはいえ、キューブリック版『シャイニング』が映画としてよくできていることは事実だ。
隔絶されたコテージで過ごす疎外感と、そこに住まう悪霊たちによる狡猾な誘惑を、じわじわと迫りくるような独特のタッチで表現しているのは、何度見ても気味が悪い。終盤に
連れて盛り上がっていく音楽の使い方もゾクゾクとさせてくれる。


中でも際立っているのが、キングの原作にはなかった要素だ。
それは「双子」、「エレベーター」、「迷路」の3つである。
この3つは原作にはないものの、キューブリック版『シャイニング』ではもはやお馴染みのシーンだと言える。
キューブリックが未知の現象への不安を煽るためにあえて取り入れたシーンなのだから当然と言えば当然だ。

とはいえ「こうしたら怖いだろう」と思って追加したシーンがことごとく、数年経っても多くの人の記憶に残るシーンとなっているのだから、キューブリックという男のセンスはとんでもない。
私が最もそのセンスを感じるのが、ジャックが迷路の模型を覗き込み、そこから本物の迷路にいるウェンディとダニーの視点へと移り変わっていくシーケンスだ。
いつ見てもあの流れには催眠術のようなクラクラとする不気味さが漂っている。
作中、ダニーが三輪車を走らせるシーンで、カメラアングルを彼の高さに合わせているのは有名な話である。こうしたカメラの秀逸な使い方が、より一層私たち鑑賞者を非現実的な作品の世界に引き込むのだろう。
気が付けばもう我々もオーバールックホテルの滞在者だ。


そうして引き込んだ我々を待っているのがジャックの暴走である。
ここで光るのが(ここまででも十分光っているが)ジャック・ニコルソンシェリー・デュヴァルの怪演だ。ジャックの顔や言動は到底、常人の物とは思えないほど狂気を孕んでいたし、シェリーの叫びや怯えようは完全に殺人者に襲われる人間になりきっていた。
序盤にまともな家族の姿を見せていたからこそ、それを微塵も感じさせない追いかけっこはより恐怖を煽っていたのであろう。カットが掛かってからどんな顔をしていたのかが気になるくらいだ。


全体を通して見れば、原作をベースにキューブリック節を取り入れ、よりホラー要素に特化した内容になっていた。

原作では、オーバールックホテルの恐ろしさに対して「家族の絆の強さ」を表現した作品だっただけに、キングが怒るのも無理はないとは言える。
ドラマ版を指して「大コケした作品」というレッテルが貼られているが、原作を忠実に再現した(キング自身が監督、脚本であるため当然だが)内容は普通に楽しめる。
特にキューブリック版との違いである、ジャックとダニーの別れのシーンは号泣必至の名シーンだ。


とはいえ、キューブリックにとってはそんな感動よりもオーバールックホテルの恐怖の方に興味があったようである。
2019年現在。『シャイニング』の続編となる『ドクター・スリープ』が公開された。
原作者であるキングは作品を絶賛し、大衆にも良作として受け入れられている。
もしキューブリックが生きていたら、この作品をどのように評価するのだろうか。
オーバールックホテルの幽霊よろしく、キューブリックが現れるのならぜひ聞いてみたいものである。