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【レビュー】ムルゲ 王朝の怪物(ネタバレあり)

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韓国のモンスターパニック映画といえば『グエムル 漢江の怪物』が真っ先に浮かびます。
そんなモンスターパニック映画を16世紀、正確には朝鮮・中宗22年(1527年)を舞台に行ったのが今回レビューする『ムルゲ 王朝の怪物』でした。
果たして、韓国映画の新たなモンスターパニック映画となれるのか……?

と、ガッツリとモンスターパニックが展開されるような書き方をしましたが、本作の特徴は、怪物がなかなか登場しないことにありました。
「だったら面白くないじゃないか!」という声も挙がりそうですが、実際には結構面白かったです。
その理由は、怪物の存在と朝廷への陰謀を上手く絡めたストーリーがあったからでした。

もともと、映画開始時に王朝は疫病によって多くの命を失った過去を持っており、今回のムルゲ出現の騒ぎでさらに信頼を削いでいるという状況となっていました。
つまり、今回のムルゲ騒動を上手く抑え込めないと失脚すらあり得るという状況でした。
そのため、ムルゲ騒ぎは朝廷を失脚させたい者によるでっち上げの可能性もあったわけです。
ここら辺の、陰謀か否かの不明瞭さが
絶妙でした。
血まみれで体が裂かれた死体の山、疫病のような症状を見せる死体、ムルゲの目撃の声など、表向きは存在しているかのような情報が飛び交っています。
しかし、よくよく考えると人間でも再現できてしまいそうな事でもあり、どちらも確たる証拠がないんですね。
そこに加えて、朝廷の失脚を目論む悪人たちの会話シーンなんかも取り入れられているため、見ているとだんだん「これただの陰謀なんじゃね?」と思えるようになっていました。

状況が一変するのはここから。
悪人が「ムルゲなんているわけないだろ」と自白した直後に本物が登場するというお約束的展開から、一気にモンスターパニック物へと変化してしまいます。
ムルゲの縄張りからの脱出、ムルゲによる朝鮮への進行、王朝とムルゲとの戦い……
まさに、モンスターパニック映画でしか見ないような迫力のある展開が次々に巻き起こります。
当初の陰謀とか言っていたシリアスさはどこへやらの勢いでした。

そんなムルゲに立ち向かうのが、朝鮮最強の武人と謳われるユン・ギョムです。
正直、"最強"というからには圧倒的な強さを誇るのかと思っていましたが、敵に捕まったり、ムルゲ相手には逃げることしか出来なかったりと、あくま常識の範囲内での"最強"でした。
とはいえ、武人だけあって度胸や臨機応変さはすごいです。
ムルゲの絶望的な暴走を前にしても冷静に立ち向かう姿はやはり主人公。安定感ある活躍を見せていました。
娘ミョンや仲間のソン・ハンへの人情に篤く、朝廷への忠義にも篤い人間性は、本作の時代だからこそ魅力的であるキャラクターだったと思います。

そしてキャラクター(?)で欠かせないのがムルゲでした。
“物怪”と書いてムルゲと読むため、個体としての名前は特にありません。
見た目としては、架空の動物の鵺に似ているかなと思いました。
このムルゲは、作中でも言っていた『朝鮮王朝実録』にも記載は実際にあるらしいです。
(さすがに宮廷を爆破して退治したとかはないでしょうけど)
鋭利な牙と爪を持ち、人間の10倍以上あろう体躯、岩をも砕く腕力に疫病をもたらせる血液と、人を殺すために特化したような生物でした。
ただその実、人間が作り上げた合成獣(キメラ)的な存在なのが皮肉です。
作中では、脅威の存在として絶望を振りまいていましたが、存在を作り上げたのも人間、噂話を広げたのも人間、解き放ったのも人間となると、どちらが本当の"物怪"なのか分かったものじゃありませんね。

朝鮮王朝時代を舞台にモンスターを利用した人間の陰謀が渦巻く様子を描いた本作。
人間の醜さをモンスターに重ね合わせて描くというのは、面白い取り組みでした。
その意欲的な姿勢は、韓国映画の新たなモンスターパニック映画を作り上げていたと言えるでしょう。