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【レビュー】ルース・エドガー(ネタバレあり)

人の感情や思いは口にしなくては伝えることは困難です。

逆に言えば口にしない限りは悟らせないことも可能です。

今回レビューする『ルース・エドガー』は、そんな人の見えない内面について描いた作品です。


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<h3>ストーリー</h3>

バージニア州アーリントンの17歳の高校生ルース・ エドガーは文武両道な模範生であった。

しかし世界史教諭のハリエットが、彼の論文から過激派思想にあると判断し、ロッカーを探ったところ違法な花火が見つかる。

ハリエットは、ルースの母エイミーにそのことを告げた。

だが、エイミーは10年前に紛争地帯エリトリアから養子として引き取ったルースとの確執を作りたくないあまりにそのことをすぐに相談できずにいた。

やがてルースは先にその事実を知ってしまう。

 

<h3>感想</h3>

予告編を劇場で見たときから「なんだこの『ゲット・アウト』や『アス』のあジョーダン・ピール味溢れる映画は!」とテンション上がって見ることを決めていました。

で、その期待に沿っていたかというと、ドストライクでした。

やっていることは完全に心理戦で、議題である「ルースに過激な意志があるかどうか」についてただ争っているだけです。

でも「ルース!どうなの?」と、ハリエットたちが聞いて「いやいや僕に過激派思想なんてないですよ!」と言っても信じてもらえないというストーリーが本当に良くできていたと思います。

紛争地帯で生まれ、そこで7歳まで成長してきたという事実が完全にルースの言う「人物像」を作り上げてしまっているんですね。

「過激派なの?」という問いに「イエス」と答えればテロリスト、「ノー」と答えれば本当のことを言えと怒られる八方塞がりさは笑えてしまう不条理さがありました。

 

そんな心理戦なのですが、俳優たちの貢献度が高かったです。

特に主演のケルヴィン・ハリソン・Jrはヤバすぎました。

本当にどっちが本性なのか、分からないんですよね。

優等生の言動をしているハズなのにどこか闇を感じてしまう不気味さを醸し出しているのは冷や汗ものでした。

実は彼、現在並行して公開している『WAVES/ウェイブス』でも主演をしています。

私は本作を見た翌日に『WAVES/ウェイブス』を見たのですが同一人物だとまったく気づきませんでした。

それくらい、本作との演技の使い分けがされていたんですね。

この二作を見ると、彼は大成するなと確信せざるを得ませんでした。

 

もちろん脇を固める俳優も素晴らしいです。

ルースに対抗する教師ハリエットにオクタヴィア・スペンサー、母親エイミー役にナオミ・ワッツ、父親ピーター役にはティム・ロスと、名優が揃っています。

どの俳優もすごい演技を見せていますが、中でもオクタヴィア・スペンサーはすごかった。

精神が擦りきれ、統合失調症のような扱いを受ける役をちゃんと演じていました。

よくもまああんな役を引き受けてくれたなと、感心するくらいヤバイ役をしっかりと演じていたのですから脱帽です。

 

心理戦がメインと言うこともあって、素晴らしいキャスティングに俳優も全力で応えるという恵まれた環境となっていました。

 

ストーリーと俳優の演技の素晴らしさも然ることながら、本作で驚かされたのが観客に対するアプローチでした。

本作はルースvsハリエット、彼らに振り回される人々という、だいたい3つの立ち位置が存在しました。

私たち観客は、その3つの立ち位置の全ての情報を握っているんですね。

ルースが友人たちを更正させようとする姿も、ハリエットが精神障害を患っている妹へ手を焼いている姿も、エイミーたちがルースへどう接するべきなのか思い悩む姿も、唯一私たちだけが全ての登場人物の情報を持っています。

ただ、それが真実に近いかと言ったらそういうわけでもありません。

それもそのはず、ルースが両親と過ごしてきた10年も、ハリエットとの出会いも知らないわけですから。

それでは私たちはどの立ち位置になるのかと言うと、登場人物全員に振り回される人物となるのでしょう。

登場人物の一挙手一投足に掌を返し、オロオロとさせられる、それが私たちに課せられた役割です。

で、私は見事にその役割をやりきりました。

「ルースが怪しい!」、「両親はルースを信じてあげなさい!」、「ハリエット病んでるな」といった感じに、最初から最後まで踊らされました。

本作はおそらく、見た人によって微妙に解釈が異なってくるハズです。

一から十まで登場人物たちの言動の理由を説明している訳ではないのですから当然でしょう。(落書きや花火を仕掛けた犯人なんかも憶測でしか分かりませんし)

そこを補完するのは、私たちが本作を通して見た登場人物たちの「人物像」です。

誰が善で誰が悪なのか、作品を見た私たちは偏見なく見定めることができるのか、試されているようでした。

そうした観客へのアプローチを含め、良くできた内容だと思いましたね。

 

人が持っている裏の顔の恐ろしさを描いていた本作。

なんだか考え始めると人との付き合い方すら変わってしまいそうになる、ある意味ホラーな作品でした。