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【ネタバレあり・レビュー】博士と狂人 |

私たちが常日頃から当たり前のように使っている辞典。
それは、あることが当たり前のように思っていますが、それがなかった時代も当然のことながらあります。
今回レビューする『博士と狂人』は、そんな辞典のない時代に、新たな風を呼び込もうとした男たちの努力と友情を描いた作品です。

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ストーリー

1872年、イギリス・ロンドン。
精神を病んでいるアメリカ人ウィリアム・チェスター・マイナーは、戦時中に脱走兵として焼き印を押した男の幻覚に追われていた。
その幻覚がきっかけとなり、彼は赤の他人を殺してしまう。
死刑こそ免れたものの、彼は精神病院へと収容されることとなった。

一方その頃、独学で言語学の博士となったマレーは、オックスフォード大学で英語辞典編纂計画を任せられる。
しかし、英語の全てを網羅する辞典を作成するのには圧倒的に人員不足であった。
そこでマレーは、一般市民にも言語の出展を募り始める。
その噂はマイナーの耳にも届く。
言語学に長けていた彼は、獄中からマレーへの協力を申し出る。

感想

メル・ギブソンショーン・ペンが共演という点に興味を抱き劇場まで足を運びました。
で、その観点から見たところ、作品としては面白いのですが、2人の共演を期待して見ると少し物足らないかなと思いました。
それもそのハズで、本作ショーン・ペンが演じるマイナーは、作品冒頭から殺人を犯し、精神病院に入れられてしまいます。
そのため、メル・ギブソン演じるマレー博士と、出会うのは作品の後半部に差し掛かる頃。
しかも、その後半部からも面会という形でしか二人が顔を合わせることはありません。これは、共演している感が少ない!

ただ、二人の演技力についてはどちらも申し分なかったのは事実です。

貫禄を見せていました。
メル・ギブソンの見せる、辞典づくりへの絶えまぬ熱量。
ショーン・ペンの見せる、死者の影に追われ続ける苦しみ。
どちらも、大御所俳優としての貫禄を見せながら満足度の高い演技を見せてくれていました。
それだけに「共演が物足りない」とは書いたものの、共演シーンが素晴らしいシーンとなっていたのは否定できません。
あと、2人とも髭姿が似合いすぎてます。
それで本を読んだり、文章を書いたり、英語の由来についてお互い語り合ったりするのですからその知的な姿には惚れ惚れしました。

さて、そんな2人が挑むのが辞書作りです。
この作業が想像以上に困難でした。
ありとあらゆる英語の由来から使われ始めた頃の参照、その言語の変化まで追っているのですから当然です。
そこでマレーが取った方法が市民に手紙を介してその由来を集めるという方法でした。
今の時代であればSNSで数倍の量を数倍の早さで集められることを考えると、とても地道で根気のいる作業です。
ただ、手紙という媒体だからこそ、精神病院にいるマイナーに届いたとも言えます。
そんな2人が手紙のやり取りを通じて、互いの才能に尊敬を抱き、信頼を寄せていく過程は丁寧で見ごたえがありました。
共演が少なくても満足のいく完成度であったのは、こうした丁寧さがあったからなのでしょう。

辞典づくりによって出会った2人の運命が大きく変わるのが、マイナーが更正し始めた頃でした。
ここでキーパーソンとなるのが、マイナーが殺してしまった男の妻エリザでした。
彼女は初めこそマイナーを憎んでいたのですが、彼と面会をする内に殺人が故意ではなかったことを知っていきます。
それどころか賠償金をし払い続け、読み書きを教え、子供の気遣いまでするマイナーに親近感すら抱くようになるんですね。
憎しみがなくなった2人の間にはいい雰囲気が流れるように……
それが引き金となりマイナーは再び精神を病んでしまいます。
この罪悪感に苛まれるマイナーの様子は、ショーン・ペンの演技力も相まってかなり心に訴えかけるシーンでした。
「人を殺した罪は誰がいつ許すのか」という、命題には考えさせられましたね。

それを救うのがマレーなわけですが、この方法がかなり大胆で面白かったです。
なんと当時内務大臣であったウィンストン・チャーチルに掛け合って、マイナーをアメリカへと強制送還させることで、苦痛を与えていた精神病院から解放してしまいます。
まさに国家を巻き込んだ戦いには、ハラハラとさせられるばかりでした。
とはいえ、マイナーもマレーも無事に余生を過ごしていることも明かされており、ハッピーエンドであったと言えるでしょう。

とはいえ、結局辞典はほとんど完成せず仕舞いで、70年かけて完成(新たに生み出される語は収録できない)されたのですから途方もない取り組みであったことが分かります。
マレーもマイナーも完成した辞典は見れなかったかもしれませんが、こうして映画として2人の熱意と友情が残ったのは良かったと言えるでしょうね。


スコットランド人とアメリカ人による辞典づくりの苦難を描いていた本作。
彼らがイギリスのために尽力する姿を見ていると、愛国心は魂に宿るのだなと思いました。
なにより、スコットランド人を恐れていたマイナーがマレーと共に辞典を作り、友人関係となる展開は考えさせられます。
人種を越えた2人の関係は今の時代にもつながる美しいものであったと言えるでしょう。